Latin
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私《わたし》は學校《がくかう》の生徒《せいと》に人望《じんばう》のある方《はう》でもないが、敢《あえ》て不評判《ふひやうばん》でもない、職務《しよくむ》に精勤《せいきん》する方《はう》ではなく、病《やまひ》と稱《しやう》して缺席《けつせき》することも多《おほ》いが、免職《めんしよく》される程《ほど》怠《なま》けはせぬ。增給《ざうきう》も覺束《おぼつか》なけれど、これで當分《たうぶん》食《く》ひはづしもないから不平《ふへい》を云《い》ふ必要《ひつえう》もない。衣食《いしよく》の慾《よく》は少《すくな》く、外《ほか》に娯樂《ごらく》を求《もと》めるのでもない。そして豐島《とよしま》などの二三の友人《いうじん》がちよい〳〵訪《たづ》ねて來《く》るので、無聊《ぶれう》で苦《くるし》む時《とき》も少《すくな》い。此頃《このごろ》は豐島《とよしま》の外《ほか》に、加瀨《かせ》の宿《やど》で會《あ》つた小山《こやま》が屡々《しば〳〵》顏《かほ》を出《だ》すやうになつたが、この新奇《しんき》な友人《いうじん》は初對面《しよたいめん》の折《をり》からスツカリ私《わたし》の氣《き》に入《い》つた。此方《こつち》から碎《くだ》けて話《はな》しかけると、直《す》ぐ私《わたし》の懷《ふところ》に入《はい》つて來《く》る。その呑氣《のんき》らしい容貌《ようばう》と心《こゝろ》、微塵《みじん》も苦味《にがみ》辛味《からみ》のなく、ポカンとして無駄《むだ》口《ぐち》を利《き》く工合《ぐあひ》が面白《おもしろ》い。で、「君《きみ》は話《はな》せる、學校《がくかう》の先生《せんせい》連中《れんちう》は元《もと》よりだが、豐島《とよしま》だつて加瀨《かせ》だつて娑婆《しやば》臭《くさ》くつて鼻《はな》持《も》ちもならん、君《きみ》は流石《さすが》に江戶《えど》ツ兒《こ》だ、社會《しやくわい》を咀《のろ》つて革命《かくめい》を唱《とな》へるでもなし、加瀨《かせ》のやうに見得坊《みえばう》でもなし」と感服《かんぷく》すると、小山《こやま》も多少《たせう》得意《とくい》になつて、「加瀨《かせ》君《くん》のやうにしてちや、さぞ氣骨《きぼね》の折《を》れるこつでせう」と笑《わら》ふ。
或日《あるひ》の正午《ひる》過《す》ぎに上野《うへの》を散步《さんぽ》してゐると、小山《こやま》が縞《しま》の羽織《はおり》に袴《はかま》を着《つ》け、不似合《ふにあひ》な山高《やまたか》帽子《ぼうし》を被《かぶ》り、少《すこ》し仰向《あふむ》いて口《くち》を開《あ》け、左《ひだり》の手《て》で突《つき》袂《たもと》をして廣吿隊《くわうこくたい》の後《あと》から澄《す》まして步《ある》いて來《き》たが、その樣子《やうす》が甚《はなは》だ面白《おもしろ》かつた。私《わたし》は呼止《よびと》めて、一|緖《しよ》に夕方《ゆふがた》まで遊《あそ》び暮《くら》したが、彼《か》れは女《をんな》の步《ある》き振《ぶ》りから、その心理《しんり》上《じやう》生理《せいり》上《じやう》の批判《ひはん》を下《くだ》すと云《い》つて、左右《さいう》を顧《かへり》みては、毒《どく》のない毒語《どくご》を放《はな》ち、
「巧《うま》いもんでせう、加瀨《かせ》君《くん》にもよく敎《をし》へてやるんですよ、僕《ぼく》が多年《たねん》の經驗《けいけん》から歸納《きなう》した結果《けつくわ》ですから、一々《いち〳〵》的中《てきちう》します」
と自慢《じまん》した。會《あ》ふ度《たび》每《ごと》にお樂《らく》の身《み》の上《うへ》も加瀨《かせ》の秘密《ひみつ》も、面白《おもしろ》さうに話《はな》して、多少《たせう》のお景物《けいぶつ》まで添《そ》へる。「お樂《らく》の事《こと》は、もう加瀨《かせ》先生《せんせい》がちやんと[#「ちやんと」に傍点]一人《ひとり》で呑込《のみこ》んでる、おれが見込《みこ》んだらどんな女《をんな》でも厭《いや》とは云《い》はせんと、自分《じぶん》で確信《かくしん》してるんです」とか「貴下《あなた》のこともよく例《れい》に引《ひ》いて、あの男《をとこ》はとても女《をんな》に好《す》かれりやしないと云《い》つてる」とか、調子《てうし》に乗《の》つて喋舌《しやべ》る。
この男《をとこ》に連《つ》られて、私《わたし》はお樂《らく》の家《うち》へも行《い》つた。お樂《らく》は從姉《いとこ》と二人《ふたり》で徒士町《おかちまち》の或《ある》小役人《こやくにん》の二|階《かい》を借《か》りて自炊《じすゐ》をしてゐる。遞信省《ていしんしやう》の女《をんな》判任官《はんにんくわん》で十二三|圓《ゑん》の月收《げつしう》があるらしい。
私《わたし》の訪《たづ》ねた時《とき》は、お樂《らく》は役所《やくしよ》から歸《かへ》つて、袴《はかま》を疊《たゝ》んでゐた。部屋《へや》は廣《ひろ》くないのに、簞笥《たんす》や鏡臺《けうだい》や針刺《はりさし》や、諸道具《しよだうぐ》が一通《ひとゝほ》り揃《そろ》つてゐるのだから、非常《ひじやう》に窮屈《きうくつ》だ。小形《こがた》の低《ひく》い机《つくゑ》の上《うへ》には加瀨《かせ》編輯《へんしう》の婦人《ふじん》雜誌《ざつし》と貸本屋《かしほんや》の小說《せうせつ》が載《のつ》てある。
小山《こやま》は餘程《よほど》懇意《こんい》だと見《み》えて、いきなり[#「いきなり」に傍点]胡床《あぐら》を搔《か》いて、「おい、お樂《らく》さん、今日《けふ》は加瀨《かせ》の代《かは》りに須崎《すさき》先生《せんせい》を連《つ》れて來《き》たよ、御馳走《ごちさう》しないか」と云《い》つた調子《てうし》、お樂《らく》はあまり馴々《なれ〳〵》しくもなく愛嬌《あいけう》も賣《う》らず、初々《うい〳〵》しく私《わたし》に挨拶《あひさつ》をした。私《わたし》はろくに口《くち》も利《き》かず、只《たゞ》小山《こやま》の喋舌《おしやべり》とお樂《らく》の擧動《きよどう》を注目《ちうい》してゐた。この女《をんな》田舎《ゐなか》には兩親《りやうしん》があるのださうだが、何故《なぜ》歲頃《としごろ》になつて結婚《けつこん》もせず、こんな風《ふう》に暮《く》らしてゐるのだらう、加瀨《かせ》が愛《あい》してゐると云《い》つて、それがどの位《くらゐ》進行《しんかう》してゐるのだらう、小山《こやま》から聞《き》いたゞけでは腑《ふ》に落《お》ちぬことが多《おほ》い。
小山《こやま》は窓《まど》の閾《しきゐ》に腰《こし》を掛《か》け、膝《ひざ》を重《かさ》ねて貧乏搖《びんばふゆる》ぎをしながら、
「今夜《こんや》姉《ねえ》さんは何處《どこ》かへ行《い》つたのかい」
「えゝ、一寸《ちよつと》道寄《みちよ》りしたのよ、もう歸《かへ》るでせう」
「歸《かへ》つたら皆《み》んなで散步《さんぽ》しようか」
「私《わたし》散步《さんぽ》なんか嫌《いや》だわ」
「お樂《らく》さんは消極的《せうきよくてき》だからいかん、もつと活潑《くわつぱつ》にハキ〳〵しなくちや駄目《だめ》だよ」
「さうですかねえ」と、お樂《らく》は不愛相《ぶあいさう》に云《い》ふ。そしてお茶《ちや》を汲《く》んで、後《あと》は几帳面《きちやうめん》に座《すわ》つて身動《みうご》きもしない。
「今日《けふ》はお樂《らく》さんはどうかしてるね、加瀨《かせ》を連《つ》れて來《こ》んから不平《ふへい》なんぢやないか」と、小山《こやま》は冷《ひや》かすやうに云《い》つたが、お樂《らく》は何《なん》とも答《こた》へず、少《すこ》し俯首《うつむ》いて、膝《ひざ》の上《うへ》で指先《ゆびさき》をいぢつてゐる。
「過日《こなひだ》加瀨《かせ》と何處《どこ》かへ散步《さんぽ》したさうだね、あの時《とき》お樂《らく》さんがこんな事《こと》を云《い》つてたつて、皆《みんな》僕《ぼく》に話《はな》したよ、それでね加瀨《かせ》は近々《きん〳〵》家《うち》を持《も》つと云《い》つて頻《しき》りに準備《じゆんび》をしとる。お樂《らく》さんのためにも祝《しゆく》すべきことだね、二|階《かい》借《か》りをしてお役所《やくしよ》通《がよ》ひなんかしないでもいゝんだから」と、小山《こやま》は相手《あひて》の顏《かほ》色《いろ》には無頓着《むとんちやく》で云《い》ふと、お樂《らく》はツンとして、
「小山《こやま》さんは何時《いつ》も人《ひと》を馬鹿《ばか》にしとるのね」
「何故《なぜ》、僕《ぼく》はお樂《らく》さんには敬意《けいゝ》を拂《はら》つてるから、その幸福《かうふく》のために盡力《じんりよく》してるんぢやないか」
「もう澤山《たくさん》!」
「ぢやその話《はなし》は止《よ》そう」と、小山《こやま》は私《わたし》の方《はう》を向《む》き、「君《きみ》、近々《きん〳〵》大久保《おほくぼ》であの會《くわい》をやらうぢやありませんか、その時《とき》やお樂《らく》さんも是非《ぜひ》お出《い》でよ、この人《ひと》の家《うち》で演藝會《えんげいくわい》をやるんだから、僕《ぼく》が一|緖《しよ》に行《ゆ》きや姉《ねえ》さんも何《なん》とも云《い》やあしないだらう」
「私《わたし》もう何處《どこ》へも行《ゆ》かないわ」
「だつて須崎《すさき》君《くん》の家《うち》ならいゝぢやないか、この人《ひと》は僕《ぼく》にも加瀨《かせ》君《くん》にも親友《しんいう》だし、大變《たいへん》な學者《がくしや》だから。こんな恐《こは》い面《かほ》をしてるけれど、これで氣《き》の輕《かる》い面白《おもしろ》い人《ひと》だよ、時々《ときどき》遊《あそ》びに行《い》つて御覽《ごらん》、二人《ふたり》で長唄《ながうた》でも唄《うた》つて陽氣《やうき》にやるも、加瀨《かせ》君《くん》と差向《さしむか》ひでニヤリ〳〵笑《わら》つてるよりやいゝよ」
私《わたし》は退屈《たいくつ》して苦笑《くせう》して、「もう歸《かへ》らうぢやないか」と小山《こやま》を促《うなが》した。
小山《こやま》は容易《ようい》に歸《かへ》らうともせず、「姊《ねえ》さんはどうしたのだらう」と氣遣《きづか》つてゐたが、暫《しば》らくすると無斷《むだん》で階下《した》へ下《お》りた。誰《だれ》かと高聲《たかごゑ》で話《はな》してゐる。
私《わたし》は窓際《まどぎは》へすり寄《よ》つて、正面《まとも》にお樂《らく》を見《み》た。以前《いぜん》加瀨《かせ》の宿《やど》で見《み》た時《とき》よりは、少《すこ》し色《いろ》が惡《わる》く目《め》もあの時《とき》ほど冴《さ》えてゐない。
「小山《こやま》君《くん》はよく來《く》るんですか」
「えゝ、一|日《にち》隔《お》き位《ぐらゐ》に入《い》らつしやるんですわ」
「來《き》て何《なに》をするのです、あの人《ひと》は面白《おもしろ》いでせう」
「えゝ、お喋舌《しやべり》ばつかりして」と、眉《まゆ》を顰《ひそ》めて、さも不愉快《ゆくわい》さうだ。
「あれ程《ほど》毒氣《ゞくけ》のない秘密《ひみつ》のない男《をとこ》もない、だから皆《み》んなに好《す》かれるんです、加瀨《かせ》なんかもあの人《ひと》には何《なに》もかも打明《うちあ》けると見《み》えて、僕《ぼく》のやうな永《なが》い間《あひだ》の友人《いうじん》が知《し》らんことまで小山《こやま》君《くん》は知《し》つてゐます」
「ですけど小山《こやま》さんにだつて、秘密《ひみつ》はあるでせう、人間《にんげん》は誰《だ》れにだつて秘密《ひみつ》はあるんですもの」と滅入《めい》つた聲《こゑ》だ。
「さうですかねえ、しかし小山《こやま》や加瀨《かせ》の秘密《ひみつ》といつて、高《たか》がきつと情婦《いろをんな》を拵《こしら》えとく位《くらゐ》のことだらう」と冷《ひやゝ》かに笑《わら》つて、殊更《ことさら》に侮蔑《ぶべつ》するやうな目付《めつき》でジツと相手《あひて》を見《み》た。それがお樂《らく》には身震《みぶる》ひする程《ほど》の感《かん》じを與《あた》へたらしい。つツと立《た》つて階下《した》へ下《お》りた。私《わたし》は後《あと》を見送《みおく》つて姿《すがた》のいゝ女《をんな》だと思《おも》つた。少《すくな》くもお靜《しづ》よりは生々《いき〳〵》してゐる。そして小山《こやま》の云《い》ふやうにこの女《をんな》も加瀨《かせ》を戀《こひ》してゐると思《おも》ふと、何《なん》となく不愉快《ふゆくわい》な變《へん》な感《かん》じがする。
暫《しば》らくして私《わたし》も階下《した》へ下《お》りた。小山《こやま》は緣側《えんがは》で肥《ふと》つた女《をんな》と竊《ひそ》かに何《なに》か語《かた》り合《あ》ひ、お樂《らく》は長火鉢《ながひばち》の前《まへ》で夕刊《ゆふかん》の新聞《しんぶん》を讀《よ》みながら、橫目《よこめ》でその方《はう》を偸見《ぬすみゝ》してゐた。
「あれは誰《だ》れだ」と、歸《かへ》り途《みち》に小山《こやま》に聞《き》くと、
「お樂《らく》の姊《あね》さ」と、簡單《かんたん》に答《こた》へて、何時《いつ》ものお喋舌《しやべり》を續《つゞ》けない。
「お樂《らく》も妙《めう》な女《をんな》だね、」
「あれも馬鹿《ばか》に浮《う》いてる時《とき》と、妙《めう》にひねくれ[#「ひねくれ」に傍点]る時《とき》とある」
この日《ひ》からお樂《らく》は私《わたし》の頭《あたま》に一《ひと》つの蟠《わだか》まりとなつて殘《のこ》つた。懷《なつ》かしくも床《ゆか》しくも思《おも》ふのではないが、只《たゞ》一二|年前《ねんぜん》お靜《しづ》に別《わか》れて以来《いらい》私《わたし》に例《れい》のない一|種《しゆ》のインテレストを惹起《ひきおこ》したのだ。何故《なぜ》だらう、私《わたし》はお樂《らく》と加瀨《かせ》の戀《こひ》に疑問《ぎもん》を抱《いだ》いてゐるので、その經過《けいくわ》を見《み》たいと思《おも》ふ好奇心《かうきしん》から、知《し》らず〴〵お樂《らく》が私《わたし》の心《こゝろ》を去《さ》らなくなつたのだらうと思《おも》つた。で、お樂《らく》ともつと[#「もつと」に傍点]打解《うちと》けて話《はな》して、あの淺薄《せんぱく》な加瀨《かせ》がどんな風《ふう》に女《をんな》の心《こゝろ》に映《うつ》つてゐるか、眞相《しんさう》を捜《さぐ》つて見《み》たいが、容易《ようい》に懇意《こんい》にはなれぬ。
この後《ご》暫《しば》らく私《わたし》は土州橋《としうばし》を渡《わた》ることが繁《しげ》くなつた。それにつれて財政《ざいせい》の平調《へいてう》も破《やぶ》れた。

(八)

大久保《おほくぼ》は躑躅《つゝぢ》が咲《さ》いて人《ひと》の出入《でいり》が多《おほ》くなつた。私《わたし》の家《うち》へも來客《らいきやく》が多《おほ》い。私《わたし》は財囊《ざいのう》の缺乏《けつばふ》を感《かん》じて、内職《ないしよく》に原稿《げんかう》稼《かせぎ》でもしようかと思《おも》つてゐたが、手近《てぢか》い所《ところ》に捌《さば》け口《ぐち》がない。加瀨《かせ》に賴《たの》むのは厭《いや》だ。駈廻《かけまは》つて面識《めんしき》の淺《あさ》い人《ひと》に嘆願《たんぐわん》するのも淺《あさ》ましい氣《き》がする。まだ二十七|歲《さい》の若《わか》い身空《みそら》で、仰《あふ》ぎ見《み》る幻影《まぼろし》もなく、只《たゞ》刻々《こく〳〵》の肉慾《にくよく》を充《み》たさんがために、僅《わづ》かの金《かね》を求《もと》めてゐる自身《じゝん》が可笑《おか》しく感《かん》ぜられた。
或日《あるひ》加瀨《かせ》と小山《こやま》とが躑躅《つゝぢ》見《み》の歸《かへ》りに立寄《たちよ》つた。加瀨《かせ》の唇《くちびる》は臙脂《べに》をさしたやうに赤《あか》い。白《しろ》い細《ほそ》長《なが》い指《ゆび》に黃《きい》ろい指環《ゆびわ》を嵌《は》めてゐる。
「此頃《このごろ》も徒士町《おかちまち》へよく行《ゆ》くかね」と、私《わたし》は加瀨《かせ》を見《み》ると直《す》ぐに問《と》うた。
「僕《ぼく》よりや小山《こやま》君《くん》の方《はう》がよく行《ゆ》く」と、加瀨《かせ》はニヤリ〳〵笑《わら》ふ。
「君《きみ》もよく行《ゆ》くぢやないか、しかしね須崎君《すさきくん》、君《きみ》は徒士町《おかちまち》であまり評判《ひやうばん》がよくないよ、何《なん》だか意地《いぢ》の惡《わる》さうな人《ひと》だと云《い》つてる、僕《ぼく》は頻《しき》りに辯護《べんご》するんだけど」
「さうかねえ、困《こま》つたものだねえ」
「君《きみ》はわざつ[#「わざつ」に傍点]と女《をんな》を侮蔑《ぶべつ》するやうな態度《たいど》を執《と》るからさ、柔《やさ》しくさへすれば女《をんな》は喜《よろこ》んで來《く》る、君《きみ》は下《くだ》らないと云《い》ふだらうが、それで女《をんな》を弄《もてあそ》んでりや、面白《おもしろ》いぢやないか」と加瀨《かせ》は珍《めづ》らしく氣焔《きえん》を吐《は》く。
「君《きみ》も小山《こやま》君《くん》の口《くち》眞似《まね》をするやうになつたね、僕《ぼく》は君《きみ》の戀《こひ》は眞面目《まじめ》なんかと思《おも》つてたのに、ぢや浮氣《うはき》なんだね」
「浮氣《うはき》でもない、それが戀《こひ》の本體《ほんたい》さ。せつぱ詰《つま》つたやうな戀《こひ》は駄目《だめ》だからね、餘裕《よゆう》のある戀《こひ》でなくちや僕《ぼく》等《ら》はいやだ。面白味《おもしろみ》は其處《そこ》にある」
「君《きみ》も進步《しんぽ》したもんだね」と、私《わたし》は加瀨《かせ》がこの家《うち》に同居《どうきよ》してゐた時分《じぶん》を追想《つゐさう》した。今《いま》の彼《あ》れの目《め》は、邪推《じやすゐ》か知《し》らぬが私《わたし》を憐《あは》れむやうに見《み》える。
「何《なに》しろ加瀨《かせ》君《くん》は金《かね》があるから敵《かな》はない。外《ほか》の點《てん》では敢《あえ》て一|步《ぽ》も讓《ゆづ》らんがね」と、小山《こやま》は歎息《たんそく》した。
加瀨《かせ》は勝利者《しやうりしや》の如《ごと》く笑《わら》つて、「この人《ひと》も今《いま》戀《こひ》の苦《くる》しみをしてるんだよ」
私《わたし》は重《かさ》ねて聞《き》かうともしなかつた。加瀨《かせ》は拍子《ひやうし》拔《ぬ》けがして、橫《よこ》を向《む》いて小山《こやま》と小聲《こゞゑ》で話《はな》し出《だ》した。
「徒士町《おかちまち》の姉《あね》の方《はう》は夜遊《よあそ》びをするさうだ、あの家《うち》の妻君《さいくん》が皮肉《ひにく》を云《い》つてたが氣《き》に掛《かゝ》るよ、以前《いぜん》に隨分《ずゐぶん》謂《い》はくのあつた女《をんな》らしいからね」
「早《はや》く結婚《けつこん》して了《しま》へばいゝぢやないか」
「所《ところ》が甘《うま》くさういかんよ、いざとなると逃《に》げてしまうし」
「妹《いもうと》とは違《ちが》うね」
「妹《いもうと》だつて分《わか》るものか」
「ハツ〳〵、君《きみ》は女《をんな》を見《み》る目《め》がない、妹《いもうと》は純潔《じゆんけつ》なものだ、役所《やくしよ》の方《はう》でも評判《ひやうばん》がいゝし、あんなに怠《なま》けないで働《はたら》いてるんだもの、育《そだ》ちが卑《いや》しいのに似合《にあ》はず、あれだけに仕上《しあ》げたんだからね、」
「君《きみ》は成功者《せいこうしや》だが」と、小山《こやま》は溜息《ためいき》を吐《つ》いた。
「小山《こやま》君《くん》の婦人學《ふじんがく》も理論《りろん》のみだね」と、私《わたし》が橫《よこ》から冷《ひや》かすと、小山《こやま》は「さうでもないさ」と云《い》つて、グツタリ首《くび》を垂《た》れた。その樣子《やうす》が可笑《おか》しくてならぬ。
しかし小山《こやま》の沈《しづ》んだ調子《てうし》は間《ま》もなく消《き》えて、賑《にぎ》やかな世間《せけん》話《ばなし》となつた。
彼等《かれら》は一《ひと》しきり騷《さわ》いで、ランプをつける頃《ころ》に歸《かへ》つた。徒士町《おかちまち》へ行《ゆ》かうと二人《ふたり》は約束《やくそく》して、私《わたし》をも誘《さそ》うたが、私《わたし》はそれに應《おう》じなかつた。
夕餐《ゆふめし》を終《をは》ると戶外《そと》へ出《で》た。無意味《むいみ》に散步《さんぽ》して、散步《さんぽ》しながら加瀨《かせ》と小山《こやま》とが徒士町《おかちまち》の二|階《かい》で戯《たはむ》れて現拔《うつゝぬ》かしてゐる樣《さま》を思《おも》ひ浮《うか》べた。二人《ふたり》とも年中《ねんぢう》飽《あ》きもせずに遊《あそ》んでゐる。加瀨《かせ》の奴《やつ》仕事《しごと》も愉快《ゆくわい》だと云《い》ふ。やがて雜誌《ざつし》の主任《しゆにん》に昇進《しやうしん》するさうだ。案山子《かゝし》にフロツクコートを着《き》せたやうな男《をとこ》が通用《つうよう》する世《よ》の中《なか》だと思《おも》ふと可笑《をか》しいと、私《わたし》は强《し》いて嘲《あざけ》つて冷笑《れいせう》してやつた。
花《はな》は散《ち》つて靑葉《あをば》が柔《やはらか》い風《かぜ》に戰《そよ》いでゐる。軒《のき》ランプもない薄暗《うすぐら》い私《わたし》の家《いへ》の前《まへ》には、子供《こども》が大勢《おほぜい》騷《さわ》いでゐるのが聞《きこ》える。
私《わたし》は小徑《こみち》を五六|丁《ちやう》行戾《ゆきもど》りして、家《いへ》の側《そば》まで來《く》ると座敷《ざしき》の障子《しやうじ》に燈火《あかり》が映《うつ》つてゐる。消《け》して出《で》た筈《はず》だが、誰《だ》れか客《きやく》でも來《き》たのかと、多少《たせう》悅《ゝれ》しかつた。
座敷《ざしき》へ上《あが》つて見《み》ると、お靜《しづ》が片隅《かたすみ》に兩袖《りやうそで》を搔合《かきあは》せて座《すわ》つてゐる。矢張《やはり》顏《かほ》が靑《あを》く唇《くちびる》の色《いろ》も褪《あ》せてゐれど、この前《まへ》ほど厭《いや》に感《かん》ぜられなかつた。
「又《また》日本橋《にほんばし》へ行《い》つたと聞《き》いてたが、まだ居《ゐ》るんだね」
「まだ身體《からだ》がよくなりませんから、……どうせ駄目《だめ》なのですから」と、聲《こゑ》も冴《さ》え冴《ざ》えせず厭《いや》な音《おん》だ。
けれど私《わたし》はあまり憎《にく》まれ口《ぐち》を利《き》かなかつた。冷《ひや》やかしもしなかつた。嘗《かつ》て私《わたし》を棄《す》てゝ他所《よそ》へ行《い》つたこの女《をんな》と火鉢《ひばち》を隔《へだ》てゝ差向《さしむか》ひで、夜更《よふ》ける迄《まで》も物語《ものがた》つた。下手《へた》な虛《うそ》を云《い》つてるなと折々《をり〳〵》心《こゝろ》で嘲《あざ》けりながら、女《をんな》の苦勞《くらう》話《ばなし》を聞《き》いてやつた。

(九)

その翌日《よくじつ》、朝《あさ》早《はや》く出勤《しゆつきん》前《まへ》に豐島《とよしま》からのハガキが着《つ》いた。「午後《ごゞ》學校《がくかう》へ尋《たづ》ねて行《ゆ》くから待《まつ》てゐて吳《く》れ」と鉛筆《えんぴつ》で書《か》いてある。どうせ碌《ろく》な用事《ようじ》でもあるまいと思《おも》つたが、別《べつ》に歸宅《きたく》を急《いそ》ぎもせぬから、私《わたし》は同僚《どうれう》が皆《みな》引擧《ひきあ》げた後《あと》に居殘《ゐのこ》つて、この日《ひ》の宿直《しゆくちよく》の長沼《ながぬま》と土臭《つちくさ》い番茶《ばんちや》を啜《すゝ》りながら話《はなし》をしてゐた。長沼《ながぬま》は私《わたし》よりも七《なゝ》ツ八《や》ツ年上《としうへ》で、子供《こども》が二人《ふたり》もあるのに、月給《げつきう》は却《かへつ》て私《わたし》よりも少《すくな》く、生計《くらし》には隨分《ずゐぶん》苦勞《くらう》してゐるのだが、人間《にんげん》が一|風《ぷう》異《かは》つてゐて、敎場《けうぢやう》で鷄《とり》の泣《な》く眞似《まね》をしたり、妙《めう》な身振《みぶり》をして生徒《せいと》を喜《よろこ》ばせてゐる。同僚《どうれう》の中《うち》では一|番《ばん》私《わたし》と話《はなし》が合《あ》ふ方《はう》だ。
「今日《けふ》も僕《ぼく》あさんざ失敗《しくじり》ましたよ、晚酌《ばんしやく》をやり過《すご》して下讀《したよみ》を懶《なま》けたもんだから、下《くだ》らんことで間違《まちが》ひを仕出《しで》かして、生徒《せいと》の奴《やつ》にうん[#「うん」に傍点]と油《あぶら》を取《と》られました。その上《うへ》校長《かうちやう》先生《せんせい》から手嚴《てきび》しい忠吿《ちうこく》を喰《く》ひましてな、敎場《けうぢやう》で飄輕《ひやうきん》な眞似《まね》をしちやならん、敎場《けうぢやう》は神聖《しんせい》な所《ところ》だから飽《あ》くまでも眞面目《まじめ》でなくちやならんと懇々《こん〳〵》と說諭《せつゆ》されて、イヤハヤ面目《めんぼく》もない次第《しだい》ですよ、しかし飄輕《ひやうきん》だからまだ、私《わたし》に脈《みやく》があるんですが、これで御說諭《ごせつゆ》通《どほ》り辛蟲《にがむし》嚙《かみ》つぶした間違《まちがひ》をやつてた日《ひ》にや、生徒《せいと》の方《はう》で承知《しやうち》しません、校長《かうちやう》先生《せんせい》も殘酷《ざんこく》なことを申《まを》されるもんです、」と長沼《ながぬま》は安値《やす》い刻《きざみ》煙草《たばこ》を吸《す》ひながら眞面目《まじめ》で云《い》ふ。
「けれど君《きみ》は間違《まちが》ひを氣《き》に掛《か》けるだけ眞面目《まじめ》なんです、それだけ正直《しやうじき》なんだ、高《たか》が丁年《ていねん》未滿《みまん》の子供《こども》ぢやありませんか、口先《くちさ》きで甘《うま》く云《ひ》ひまるめりやいゝんですよ」と、私《わたし》が事《こと》もなげに云《い》ふと、
「まあそんな者《もの》ですがね」と、長沼《ながぬま》はヒツ〳〵と味《あぢ》のない笑《わら》ひ方《かた》をして、「私《わたし》はどうも敎育《けういく》だけは外《ほか》の事《こと》とは違《ちが》つてる、尊《たつと》い者《もの》だと思《おも》うのでしてな、生徒《せいと》の顏《かほ》を見《み》ると、忠實《ちうじつ》によく敎《をし》へてやりたい少《すこ》しでも早《はや》く學業《がくぎやう》の進《すゝ》むやうに導《みちび》いてやりたいと思《おも》うんですが、其處《そこ》がそれ、私《わたし》に學識《がくしき》が足《た》らんもんですからな、どうも不行屆《ふゆきとゞき》で汗顏《かん〴〵》の至《いた》りに堪《た》へん譯《わけ》です、と云《い》つて辭職《じゝよく》すれば外《ほか》に糊口《くちすぎ》の道《みち》があるぢやなし」
「それだけ眞面目《まじめ》なら貴下《あなた》は立派《りつぱ》な敎師《けうし》です、少《すこ》し位《ぐらゐ》誤謬《ごびやう》を傳《つた》へようと、飄輕《ひやうきん》な眞似《まね》をしようと差支《さしつか》えないさ、僕《ぼく》なんか少年《せうねん》を愛《あい》する氣《き》もないから、初《はじ》めから敎授《けうじゆ》に身《み》の入《はい》つたことはないのです」
「そりや君《きみ》に子供《こども》がないからですよ、自分《じぶん》に子《こ》があつて見《み》りや、他人《たにん》の子《こ》も矢張《やはり》可愛《かあい》い、よく敎育《けういく》してやりたくなりますよ、何《なに》も經驗《けいけん》だ、まあ子《こ》を持《も》つて御覽《ごらん》なさい、世《よ》の中《なか》ががらり[#「がらり」に傍点]と異《かは》つて來《き》ますからね」
「子《こ》を持《も》つと敎場《けうぢやう》で飄輕《ひやうきん》な眞似《まね》をして、生徒《せいと》の御機嫌《ごきげん》と執《と》るやうになるんですね」と笑《わら》ふと、長沼《ながぬま》も苦笑《くせう》して、
「まあ、そんな者《もの》さねえ」と云《い》つて、風呂敷《ふろしき》の中《なか》から講談《かうだん》の「佐倉《さくら》義民傳《ぎみんでん》」を取出《とりだ》し、「今夜《こんや》はこれをお伽《と》ぎで宿直《しゆくちよく》するのだ」と、机《つくゑ》の上《うへ》に廣《ひろ》げて小聲《こゞゑ》で讀《よ》み出《だ》した。言分《いひぶん》が氣《き》に入《い》らぬのか、もう私《わたし》を相手《あひて》にしない。暫《しば》らくして豐島《とよしま》が下駄《げた》のまゝ敎員室《けうゐんしつ》へ入《はい》つて來《き》た。私《わたし》はほん[#「ほん」に傍点]の型式的《けいしきてき》に長沼《ながぬま》を紹介《しやうかい》した。豐島《とよしま》は「今日《けふ》は馬鹿《ばか》に蒸暑《むしあつ》いぢやないか」と、袷《あはせ》の袖《そで》で額《ひたひ》の汗《あせ》を拭《ぬぐ》ふて目《め》をパチクリさせ、それから一|輪《りん》の花《はな》も一|幅《ぷく》の繪《ゑ》もない薄汚《うすぎたな》い敎員室《けうゐんしつ》を見渡《みわた》した。
「何《なに》か急用《きふよう》か」と、私《わたし》の方《はう》から問《と》ふた。この男《をとこ》何《なん》でもない事《こと》に、さも急用《きふよう》のあるらしく、惶《あわた》だしさうに出《で》たり入《はい》つたりする男《をとこ》だが、今日《けふ》もその顏《かほ》付《つき》が大事《だいじ》を扣《ひか》へた人《ひと》とも見《み》えぬ。
「僕《ぼく》は辭職《じゝよく》した」と、豐島《とよしま》は大聲《おほごゑ》で簡短《かんたん》明瞭《めいれう》に云《い》つた。
「さうか」と云《い》つたきり、私《わたし》は折返《をりかへ》して理由《りゆう》を聞《き》きもしなかつたが、長沼《ながぬま》は片手《かたて》で書物《しよもつ》を壓《おさ》へ、ヂロ〳〵豐島《とよしま》の顏《かほ》を見《み》て、聞耳《きゝみゝ》立《た》てた。
「俗《ぞく》な事《こと》を書《か》かにや氣《き》に入《い》らんのだから、癪《しやく》に觸《さは》つて、僕《ぼく》の方《はう》から出《で》てしまつた。もう向《むか》うから賴《たの》んだつて、あんな仕事《しごと》をやりやしない」と獨《ひと》りで力《りき》んだ。
「それもいゝさ、君《きみ》にはあんな俗務《ぞくむ》は不適當《ふてきたう》だからな、これから君《きみ》の本音《ほんね》を出《だ》して活動《くわつどう》するさ」
「むん、………それから君《きみ》にお願《ねが》ひだが、當分《たうぶん》君《きみ》の家《うち》に置《お》いて吳《く》れんか、迷惑《めいわく》だらうが」と少《すこ》し言淀《いひよど》んだ。
「僕《ぼく》の家《うち》にか」と、私《わたし》は躊躇《ちうちよ》したが、「ぢや來玉《きたま》へ、今夜《こんや》からでも」
「有難《ありがた》う、二三|日《ち》内《うち》に荷物《にもつ》を持《も》つて行《ゆ》く、そうすりや僕《ぼく》も安心《あんしん》して活動《くわつどう》が出來《でき》る」と云《い》つて、豐島《とよしま》は再《ふたゝ》び室内《しつない》を見渡《みわた》した。夕日《ゆふひ》はガラス窓《まど》を通《とほ》して、埃《ほこり》の舞《ま》ふのが見《み》える。
長沼《ながぬま》は自《みづ》から立《た》つて澁茶《しぶちや》を吸《く》んで、豐島《とよしま》の前《まへ》に置《お》いた。豐島《とよしま》は一息《ひといき》に呑《の》み干《ほ》して、
「此處《こゝ》も汚《きたな》い學校《がくかう》だね、しかし君《きみ》のやうな熱烈《ねつれつ》な人間《にんげん》を容《い》れてるんだから、校長《かうちやう》もえらい」

(十)

前夜《ぜんや》私《わたし》が物好《ものず》きに柔《やさ》しい素振《そぶり》を見《み》せたので、お靜《しづ》はもう以前《いぜん》の燒木杭《やけぼつくひ》が再《ふたゝ》び燃《もえ》上《あが》つた氣《き》になつて、せつせと近《ちか》づいて來《き》たが、私《わたし》は最早《もう》腐《くさ》つた菓實《くだもの》を嗅《か》ぐやうで、思《おも》はず顏《かほ》を背《そむ》けたい程《ほど》になる。そして「調《しら》べ物《もの》がある」とか、「金儲《かねもう》けをしてるんだから當分《たうぶん》來《き》て吳《く》れるな、その代《かは》り一二|年《ねん》待《ま》つてりや、お前《まへ》の好《す》きなことをさしてやる」とか云《い》つて、追退《をひの》けるやうにした。間《ま》もなく豐島《とよしま》が、越《こ》して來《き》てからは、お靜《しづ》を遠《とほざ》けるに都合《つがふ》がよくなつた。
豐島《とよしま》は柳行李《やなぎかうり》と机《つくゑ》との總財產《さうざいさん》を持込《もちこ》んだ。何《なに》か著述《ちよじゆつ》をしてゐるようであるが、大抵《たいてい》は外出《ぐわいしゆつ》して夕方《ゆふがた》に醉《ゑ》うて歸《かへ》ることが多《おほ》い。歸《かへ》つての土產《みやげ》話《ばなし》には俗物《ぞくぶつ》と同情《どうじやう》すべき人《ひと》との消息《せうそく》を傳《つた》へる。彼《か》れの世界《せかい》はハツキリこの二|種《しゆ》の人間《にんげん》に分類《ぶんるゐ》されてゐるので、かの長沼《ながぬま》の如《ごと》きは直《す》ぐにその同情《どうじやう》される人《ひと》となつた。「君《きみ》、あの男《をとこ》は保護《ほご》してやり玉《たま》へ」と、度々《たび〳〵》心《こゝろ》の底《そこ》から私《わたし》に賴《たの》むことがある。又《また》彼《か》れの崇拜者《すうはいしや》もあつて、折々《をり〳〵》訪《たづ》ねて來《き》て、夜更《よふ》ける迄《まで》熱烈《ねつれつ》な議論《ぎろん》が戰《たゝか》はされる。
「社會《しやくわい》に反抗《はんこう》するのもいゝが、その前《まへ》に生活《くらし》の法《はふ》ぐらゐ考《かんが》へとかうぢやないか」と、私《わたし》が注意《ちうい》すると、
「なあに僕《ぼく》あ一人《ひとり》身《み》だ、生活《せいくわつ》なんか考《かんが》へる必要《ひつえう》はない、僕《ぼく》あ食《く》へなけや放浪《はうらう》する、水《みづ》ばかり呑《の》んでゝも、爲《な》すだけのことはして見《み》せる」と取合《とりあ》はぬ。
「ぢや何時《いつ》かの俗化《ぞくゝわ》主義《しゆぎ》はお止《や》めだね」
「止《や》めざるを得《え》ないんだ、君《きみ》もどうせ世《よ》に容《い》れられんのだから、放浪《はうらう》生活《せいくわつ》をしろ、僕《ぼく》と一|緖《しよ》にやらう」
「先《ま》づ君《きみ》から經驗《けいけん》して見玉《みたま》へ、面白《おもしろ》けりや僕《ぼく》もやるよ」
そして彼《か》れは繩暖簾《なはのれん》をくゞつて、泥醉《でいすゐ》の後《のち》突如《とつぢよ》として汗臭《あせくさ》い勞働者《らうどうしや》の腕《うで》を握《にぎ》り、その硬張《こわば》つた手《て》の掌《ひら》に熱淚《ねつるゐ》を濺《そゝ》ぎ、「僕《ぼく》は君《きみ》の兄弟《きやうだい》だ」と叫《さけ》んで、周圍《まはり》の客《きやく》を驚《おどろ》かすこともあるが、彼《かれ》自身《じゝん》は敢《あえ》てその好《す》きな放浪《はうらう》無宿《むしゆく》の人《ひと》ともならぬ。手《て》に鶴嘴《つるはし》を持《も》たうともせぬ。私《わたし》の家《いへ》によく寢《ね》て、よく飮《の》みよく食《く》つてゐる。
日《ひ》が立《た》つにつれて、收入《しうにふ》の一|定《てい》した私《わたし》の財政《ざいせい》は次第《しだい》に窮境《きうけう》に陷《おちい》る。豐島《とよしま》のためにも亂《みだ》されたのだ。しかし彼《か》れは私《わたし》を信《しん》じ切《き》つてゐる。私《わたし》の迷惑《めいわく》などは微塵《みぢん》も念頭《ねんとう》に置《お》いてゐない。「困《こま》つたら二人《ふたり》で放浪《はうらう》するさ」と、放浪《はうらう》の夢《ゆめ》を描《ゑが》いて見《み》せるが、私《わたし》にはそれが何《なん》の興味《きようみ》もない。彼《か》れは放浪《はうらう》流離《りうり》薄命《はくめい》の文字《もじ》を見《み》てすら胸《むね》を躍《おど》らすであらうが、私《わたし》には艶《つや》も香《にほ》ひもない空《くう》な文字《もじ》たるに過《す》ぎぬ。それで彼《か》れが無職《むしよく》の徒《と》や貧民《ひんみん》と無理强《むりぢ》いに交際《かうさい》を結《むす》び、彼等《かれら》に解《かい》し難《がた》い氣燄《きえん》を吐《は》いて樂《たのし》みとしてゐる間《あひだ》に、私《わたし》は小山《こやま》に會《あ》ひ、加瀨《かせ》一|輩《ぱい》の噂《うはさ》を聞《き》いて、眠《ねむ》つた心《こゝろ》を醒《さま》してゐた。

(十一)

豐島《とよしま》同居《どうきよ》以來《いらい》小山《こやま》は前程《まへほど》繁々《しげ〳〵》と訪《たづ》ねて來《こ》ぬ。豐島《とよしま》を嫌《きら》つてか、戀事《いろごと》に忙《せわ》しいためかであらう。私《わたし》はこの人《ひと》ばかりは會《あ》ひたくなるので、或日《あるひ》學校《がくかう》の歸《かへ》りに立寄《たちよ》つたが、朝《あさ》から歸《かへ》らぬさうだ。
私《わたし》は失望《しつばう》した。暫《しばら》く上野《うへの》の電車道《でんしやみち》に立《た》つて、何處《どこ》へ行《ゆ》かうかと考《かんが》えた。そして目《め》を尖《とが》らせて停留場《ていりうぢやう》に集《あつ》まつてゐる數多《あまた》の男女《だんぢよ》を見《み》てゐたが、細《ほそ》長《なが》い顏《かほ》丸《まる》い顏《かほ》、皆《みな》夕日《ゆうひ》を浴《あ》びて、汗《あせ》と埃《ほこり》に鈍染《にじ》み、疲《つか》れた色《いろ》をしてゐる。久《ひさ》しく雨《あめ》を見《み》ぬ空《そら》は冴《さ》えぬ色《いろ》をして、その一|方《ぱう》は黃《きい》ろく濁《にご》つてゐる。目《め》の逹《とゞ》く限《かぎ》り生氣《せいき》は見《み》えぬ。若々《わか〳〵》しい色《いろ》も香《か》もない。
私《わたし》は屈託《くつたく》した。
その揚句《あげく》ふとお樂《らく》を訪《たづ》ねる氣《き》になり、徒士町《おかちまち》へ足《あし》を向《む》けた。お樂《らく》には小山《こやま》のお供《とも》で二三|度《ど》會《あ》つたきりで親《した》しくないのみか、私《わたし》はあの女《をんな》に憚《はゞか》られてゐるのだ。しかしその憚《はゞか》られてゐる所《ところ》へ推《おし》かけて行《ゆ》くと云《い》ふことが、私《わたし》の倦《う》んだ心《こゝろ》を刺激《しげき》して多少《たせう》の活氣《くわつき》も湧《わ》いて來《く》る。
威勢《ゐせい》よく格子戶《かうしど》を開《あ》けて、宿《やど》の妻君《さいくん》に「小山《こやま》さんは來《き》てゐませんか」と聞《き》くと、「今《いま》入《い》らしつて直《す》ぐお歸《かへ》りになりました」といふ。
「ぢやお樂《らく》さんは」
「ゐらつしやいますよ」
私《わたし》はそれ丈《だけ》聞《き》いて、無遠慮《ぶえんりよ》につか〳〵二|階《かい》へ上《あが》つた。お樂《らく》は俯首《うつぶし》になつて手紙《てがみ》を讀《よ》んでゐたが、慌《あは》てゝ居住《ゐずま》ひを直《なほ》して、私《わたし》を見上《みあげ》げた。ニコリともせず澁々《しぶ〳〵》座蒲團《ざぶとん》を出《だ》した。
「小山《こやま》君《くん》が來《き》てるかと思《おも》つて」と、私《わたし》は言譯《いひわけ》をして、わざと柔《やさ》しく馴々《なれ〳〵》しい風《ふう》をして、「どうです、僕《ぼく》の家《うち》へも遊《あそ》びに來《き》ませんか」
「はあ」と、女《をんな》は手紙《てがみ》を卷《ま》いて封筒《ふうとう》に入《い》れた。小山《こやま》の噂《うはさ》加瀨《かせ》の話《はなし》と、勉《つと》めて相手《あひて》を誘《さそ》つても、向《むか》うから乗《の》つて來《こ》ない。埃《ほこり》を吹寄《ふきよ》せる風《かぜ》を厭《いと》うて障子《しやうじ》を締切《しめき》つてあれば、冬《ふゆ》洋服《やうふく》着用《ちやくよう》の私《わたし》には暑苦《あつくる》しくて窮屈《きうくつ》だ。で、物好《ものず》きにこんな所《ところ》にゐるにも當《あた》らぬと思《おも》つたが、今日《けふ》は不思議《ふしぎ》に腰《こし》が据《すわ》つて動《うご》かない。
私《わたし》は加瀨《かせ》が結婚《けつこん》する前《まへ》に、不意《ふい》にこの女《をんな》を奪《うば》つて、加瀨《かせ》に鼻《はな》を空《あ》かせたら面白《おもしろ》からうと思《おも》つた。小山《こやま》やその叔母《をば》や從妹《いとこ》の前《まへ》に並《なら》んで、加瀨《かせ》の鈍《にぶ》い神經《しんけい》を驚《おどろ》かしてやりたい。私《わたし》は嫉妬《しつと》からかう思《おも》ふのではない。只《たゞ》私《わたし》の目《め》には今《いま》でもポンチ繪《ゑ》に見《み》える加瀨《かせ》に、自分《じぶん》自身《じしん》をそのやうに感《かん》じさせて見《み》たい。
そして女《をんな》を口說《くど》くに何《なん》の苦心《くしん》が入《い》らう、失敗《しつぱい》を耻《は》づる私《わたし》ではない。他人《たにん》の後指《うしろゆび》を氣《き》にする私《わたし》ではない。かねて電車《でんしや》を飛下《とびお》りる位《くらゐ》の冒險《ばうけん》さへすれば、是非《ぜひ》を云《い》はせず、女《をんな》は我《わ》が者《もの》と信《しん》じてゐるのではないか、甞《かつ》てお靜《しづ》は手《て》を握《にぎ》るだけで充分《じふゞん》であつた。かう思《おも》つたが、思《おも》ふほど尙更《なほさら》口《くち》も手《て》も活動《くわつどう》しなかつた。
お樂《らく》は女學《ぢよがく》雜誌《ざつし》を讀《よ》み出《だ》した。讀《よ》むよりも屛風《びやうぶ》代《がは》りにして私《わたし》の視線《しせん》を避《さ》けるのかも知《し》れぬ。私《わたし》は「何《なに》か面白《おもしろ》いことが書《か》いてありますか」と、雜誌《ざつし》を引《ひつ》たくるやうに取《と》つて、飜《ひるがへ》して見《み》た。表紙《ひやうし》裏《うら》に「△△女史《ぢよし》に呈《てい》す」と書《か》いて、下《した》に加瀨《かせ》の雅號《ががう》がある。お樂《らく》は恨《うら》めしい顏《かほ》付《つき》をした。
「△△つて貴女《あなた》ですか」と、私《わたし》は冷《ひや》かすやうに云《い》つて、ジツとその文字《もじ》を見詰《みつ》めてゐたが、フイとお樂《らく》に目《め》を移《うつ》すと、お樂《らく》は目《め》に淚《なみだ》を湛《たゝ》えてゐる。
「何《なに》か御用《ごよう》があつて被入《いらし》つたんですか」と切口上《きりこうじやう》で云《い》ふ。
「えツ、別《べつ》に用事《ようじ》もないんです」と、私《わたし》は驚《おどろ》いて云《い》つた。
「では何《なに》しに被入《いらしつ》たのです」と、私《わたし》の手《て》から雜誌《ざつし》を奪返《うばひかへ》し、表紙《ひやうし》を引裂《ひきさ》き手《て》に力《ちから》を入《い》れて丸《まる》めながら、「貴下《あなた》だつて加瀨《かせ》さんだつて、私《わたし》を調戯《からか》いに被入《いらつ》しやるんだわ、」
「何故《なぜ》! そんな譯《わけ》はないぢやありませんか、小山《こやま》君《くん》は兎《と》に角《かく》僕《ぼく》や加瀨《かせ》にそんな惡意《あくい》はないさ、殊《こと》に加瀨《かせ》は貴女《あなた》に敬意《けいゝ》を表《ひやう》してるんですもの」
「加瀨《かせ》さんとかゞ何《ど》うなすつたつて、私《わたし》少《ちつ》とも係合《かゝりあ》ひはありませんわ」と、お樂《らく》は淚《なみだ》を拭《ぬぐ》つて、「何《なに》が面白《おもしろ》くつて、皆《みな》さんは五月蠅《うるさ》く私《わたし》の家《うち》へ被入《いらつし》やるんでせう、私《わたし》姉《ねえ》さんのやうに惡戯《ふざ》けたお相手《あひて》は出來《でき》ませんから、私《わたし》一人《ひとり》の時《とき》には、もう何方《どなた》もお出《い》で下《くだ》さらぬやうにお願《ねが》ひ申《まを》します」と、屹《きつ》とした口調《くてう》で云《い》つた。
私《わたし》も多少《たせう》極《きま》りが惡《わる》くないでもなかつたが、それよりもこの女《をんな》を不思議《ふしぎ》に感《かん》じて、尙《なほ》座《ざ》を立《た》たうとはせぬ。
「そんなに我々《われ〳〵》を嫌《きら》はなくつてもいゝでせう、何《なに》か事情《じゞやう》があるんですか」と、私《わたし》は微笑《びせう》しながら靜《しづ》かに云《い》つた。
お樂《らく》は暫《しば》らく默《だま》つてゐたが、先《さ》きのむごい[#「むごい」に傍点]言葉《ことば》を氣《き》の毒《どく》に感《かん》じたのか、急《きふ》に柔《やさ》しい聲音《こはね》で、「此頃《このごろ》は身體《からだ》の加減《かげん》ですか、人樣《ひとさま》と賑《にぎ》やかなお話《はなし》しますのが、何《なん》だかつらいんですから、寧《いつ》そ初《はじ》めからお目《め》にかゝらん方《はう》がいゝと思《おも》ひますわ」
「さうですか、東片町《ひがしかたまち》へもあまり行《ゆ》かんのですか」
「えゝ。ちつとも、何時《いつ》か歌留多《かるた》會《くわい》があつて、貴下《あなた》も被入《いらし》つた時《とき》、參《まゐ》りましたきり、あの後《ご》は一|度《ど》も窺《うかゞ》ひませんの、」
「だがあの連中《れんぢう》はよく此家《こゝ》へ來《く》るんでせう」
「はあ、………あの方逹《かたゝち》は何故《なぜ》あんなお話《はなし》ばかりなさるんでせう、雜誌《ざつし》にお書《か》きになつてることゝは丸《まる》で違《ちが》つてますのね」お樂《らく》は顏《かほ》も心《こゝろ》も落付《おちつ》いたやうだ。で、身體《からだ》を品《しな》やかに曲《ま》げて、雜誌《ざつし》を默讀《もくどく》してゐたが、又《また》起直《おきなほ》つて雜誌《ざつし》を指先《ゆびさ》きでいぢくり[#「いぢくり」に傍点]ながら、「貴下《あなた》は學校《がくかう》の先生《せんせい》をして居《ゐ》らつしやるんですつてね」
「さうです、小《ちい》さい私立《しりつ》學校《がくかう》の敎師《けうし》だから、月給《げつきう》は安《やす》いし、加瀨《かせ》のやうに贅澤《ぜいたく》は出來《でき》ません、これで十|年《ねん》近《ぢか》くも苦學《くがく》して、こんな境遇《けうぐう》ですからね………だが、貴女《あなた》は何故《なぜ》二人《ふたり》つきりで部屋《へや》借《が》りをして、役所《やくしよ》通《がよ》ひなんかしてるのです、尤《もつと》も小山《こやま》君《くん》からは貴女《あなた》の事《こと》をよく聞《き》いてるけれど」
「小山《こやま》さんが何《なに》を云《い》つたつて當《あ》てになるものですか、あんな淺薄《せんぱく》な人《ひと》」と卑下《さげすむ》やうに云《い》つて、「私《わたし》どうかして一|日《じつ》も早《はや》く姉《あね》と別《わか》れて、一人《ひとり》で暮《くら》したいと思《おも》ひます、」
「心《こゝろ》細《ぼそ》いことを云《い》ひますね、何《なに》か考《かんが》へがあるんですか」
「女《をんな》でも學問《がくもん》しなくちやなりませんわね、私《わたし》なんか小學校《せうがくかう》を卒業《そつげふ》したばかりですから………」
「それで澤山《たくさん》さ、橫文字《よこもじ》を習《なら》ふよりや三味線《さみせん》でも習《なら》つた方《はう》が女《をんな》らしくていゝ」
「ですけど、私《わたし》少《ちいさ》い時《とき》から三味線《さみせん》なんか習《なら》つたのを後悔《こうくわい》しますわ、何《なん》だか早《はや》く忘《わす》れてしまひたいやうな氣《き》がしますのよ」と、邪氣《あどけ》ない風《ふう》が見《み》える。
そして私《わたし》が學校《がくかう》の敎師《けうし》であるためか、私《わたし》に向《むか》つて女子《ぢよし》の學問《がくもん》の方法《はうはふ》西洋《せいやう》音樂《おんがく》硏究《けんきう》の順序《じゆんじよ》を質問《しつもん》した。明治《めいぢ》の女子《ぢよし》の心掛《こゝろが》け、新《あたら》しい家庭《かてい》の道德《だうとく》など、女學《ぢよがく》雜誌《ざつし》から得《え》たと思《おも》はれる問題《もんだい》を提出《ていしゆつ》して、漢語《かんご》交《まじ》りで私《わたし》に解答《かいたふ》を促《うなが》した。こんな問題《もんだい》ならさぞ[#「さぞ」に傍点]加瀨《かせ》には興味《きようみ》があるであらうが、私《わたし》の耳《みゝ》にはノンセンスだ、で、いゝ加減《かげん》に返事《へんじ》をして、「休日《きうじつ》に私《わたし》の家《うち》へお出《い》でなさい」と云《い》つて、戶外《そと》へ出《で》た。
家《うち》へ歸《かへ》ると、豐島《とよしま》が垢染《あかじ》みた單衣《ひとへ》を着《き》て肱枕《ひぢまくら》で寢《ね》ころんでゐたが、私《わたし》を見《み》ると、靑《あを》い顏《かほ》を持上《もちあ》げて、「今日《けふ》はいやな天氣《てんき》だから頭《あたま》が重《おも》い」と、口《くち》をもが〳〵させた。
「酒《さけ》を呑《の》まんからだらう」
「うん、金《かね》がないから」
「意氣地《いくぢ》がないね」
「少《すこ》し持《も》つてたのを、今《いま》乞食《こじき》にやつちまつた、………今日《けふ》又《また》あの女《をんな》が來《き》たよ、靑《あを》い顏《かほ》の女《をんな》が、妙《めう》な奴《やつ》だね、何《なに》をしに來《く》るんだらう、君《きみ》はどうして知《し》つてるんだ」
「以前《いぜん》この隣《となり》に住《す》んでたのだ、あれのお母《ふくろ》に飯《めし》を炊《た》いて貰《もら》つたこともある、何《なに》か云《い》つてたか」
「いや、直《す》ぐ歸《かへ》つちやつたが、憐《あは》れつぽい女《をんな》だね、僕《ぼく》は同情《どうじやう》する」
この夜《よ》彼《か》れは豪語《がうご》も吐《は》かず、古行李《ふるかうり》を開《あ》けて黴《かび》の生《は》へた浴衣《ゆかた》、袖《そで》の千切《ちぎ》れた綿入《わたいれ》、古雜誌《ふるざつし》古書物《ふるしよもつ》を引出《ひきだ》して整理《せいり》してゐた。私《わたし》は散步《さんぽ》がてらお靜《しづ》の家《うち》の周圍《まはり》を迂路《うろ》ついて、家《うち》の者《もの》の目《め》を忍《ぬす》んでお靜《しづ》を引出《ひきだ》した。鈍色《にぶいろ》の雲《くも》に星《ほし》も隱《かく》れ、女《をんな》の顏《かほ》ははつきり[#「はつきり」に傍点]見《み》えなかつたが、私《わたし》は顏《かほ》を見《み》ようともせぬ、聲《こゑ》を聞《き》きたくもない。そして晝《ひる》に見《み》たお樂《らく》の柔《やわら》かい肌《はだえ》を黑闇《くらやみ》の中《うち》に思《おも》ひ浮《うか》べながら、お靜《しづ》の袖《そで》に觸《ふ》れ、お靜《しづ》の息《いき》に觸《ふ》れてゐた。
その後《ご》も二三|度《ど》お靜《しづ》に會《あ》つた。會《あ》つた後《のち》は何時《いつ》も不快《ふくわい》な感《かん》に堪《た》へぬので、豐島《とよしま》に向《むか》つて、「彼女《あれ》が又《また》來《き》たら追拂《おつぱら》つて吳《く》れ、性質《たち》の惡《わる》い女《をんな》だから」と賴《たの》んで置《お》く。しかし豐島《とよしま》は「同情《どうじやう》すべき女《をんな》」と定《き》めてしまつて、私《わたし》の留守《るす》にも座敷《ざしき》へ通《とほ》して睦《むつま》じく話《はなし》をするやうになつた。

(十二)

當《あ》てにもしないが、萬一《まんいち》お樂《らく》が私《わたし》を尋《たづ》ねて來《く》るかも知《し》れんと心待《こゝろま》ちにすることもあつた。小山《こやま》は十日《とをか》も顏《かほ》を見《み》せぬ。
その中《うち》五|月《ぐわつ》は暮《く》れる。私《わたし》は豐島《とよしま》同居《どうきよ》が影響《えいきやう》して、月末《げつまつ》の拂《はら》ひに困《こま》つた。豐島《とよしま》は君《きみ》と苦樂《くらく》を共《とも》にすると云《い》つて、汚《よご》れた衣服《きもの》を賣飛《うりと》ばしたが、それが幾何《いくら》にならう。で、寧《いつ》そ有《あ》るに甲斐《かひ》なき家《いへ》を疊《たゝ》んで下宿《げしゆく》をしようか、豐島《とよしま》を追出《おひだ》す口實《こうじつ》にもなるし、それにお靜《しづ》と手《て》を切《き》るに都合《つがふ》もよしと思《おも》ひ、そろ〳〵安下宿《やすげしゆく》の捜索《さうさく》を初《はじ》めた。或日《あるひ》も散步《さんぽ》を兼《か》ねて宿《やど》を捜《さが》すつもりで、電車《でんしや》に乗《の》つたが、思《おも》ひがけなく向側《むかうがは》に小山《こやま》がゐて、突如《だしぬけ》に、「君《きみ》大變《たいへんへん》な事《こと》が出來《でき》てね」と、目《め》を据《す》ゑ口《くち》を尖《とが》らせて云《い》つた。
「そうか」と、私《わたし》は何《なに》を仰山《げふさん》さうにと心《こゝろ》では思《おも》つてゐた。
「徒士町《おかちまち》の美人《びじん》が二人《ふたり》ともゐなくなつたよ、あの家《うち》で聞《き》いても何處《どこ》にゐるか分《わか》らないんだ、それに役所《やくしよ》へも行《い》かんらしいよ、餘程《よほど》變《へん》だよ」
「だが君《きみ》に知《し》らせんとは不思議《ふしぎ》だね、嫌《きら》はれたのか」
「何《どう》だかね、此頃《このごろ》聞《き》いたのだが、姉《あね》の方《はう》は隨分《ずゐぶん》曰《い》はくのある奴《やつ》で、色《いろ》んな男《をとこ》に關係《くわんけい》してたやうだがね」
「君《きみ》もその一人《ひとり》ぢやないか」
「だつて僕《ぼく》あ少《すこ》しも金《かね》を費《つか》はんからいゝさ」と、恍《とぼ》けた顏《かほ》をする。
「加瀨《かせ》も失望《しつばう》してるだらう」と、私《わたし》は加瀨《かせ》の悄氣《しよげ》た樣子《やうす》を想像《さう〴〵》して冷《ひやゝ》やかに笑《わら》つた。
「いや、あの男《をとこ》はそうでもない、あんな女《をんな》は幾《いく》らもあらあと澄《すま》してゝ、此頃《このごろ》は頻《しき》りに品川《しながは》の鳥屋《とりや》へ通《かよ》つてるよ」
と、云《い》つて、大聲《おほごゑ》で笑《わら》つて電車《でんしや》を下《お》りた。
私《わたし》はお樂《らく》の行衞《ゆくゑ》不明《ふめい》を愉快《ゆくわい》にも感《かん》じたが、又《また》何處《どこ》へ行《い》つて何《なに》をしてゐるか知《し》りたくも思《おも》つた。壓《をさ》へがたき一|種《しゆ》の好奇心《かうきしん》に驅《か》られて、わざ〴〵徒士町《おかちまち》の舊宅《きうたく》を訪《たづ》ねたが、妻君《さいくん》は猜疑《さいぎ》の目《め》で私《わたし》を見《み》て、「存《ぞん》じません」と卒氣《そつけ》ない返事《へんじ》をして、取《とり》つく島《しま》もない。その中《うち》私《わたし》は僅《わづ》かの家財《かざい》を賣拂《うりはら》つて、こつそり[#「こつそり」に傍点]市《いち》ケ谷《や》の下宿《げしゆく》屋《や》へ移《うつ》つた。豐島《とよしま》は別《べつ》に不平《ふへい》も云《い》はず空《から》つぽの古行李《ふるかうり》と古机《ふるづくゑ》とを持《も》つて出《で》て行《い》つた。豐島《とよしま》には離《はな》れ、止《や》むを得《え》ぬ些少《させう》の借金《しやくきん》は片付《かたづ》き、お靜《しづ》には住所《じうしよ》も知《し》らせねば、向《むか》うから訪《たづ》ねることも途絕《とだ》え、私《わたし》は以前《いぜん》の如《ごと》く靜《しづ》かな日《ひ》を送《おく》り、只《たゞ》小山《こやま》とのみ往來《わうらい》して、加瀨《かせ》の噂《うはさ》世《よ》の靑年《せいねん》の消息《せうそく》を語《かた》り合《あ》つては冷《ひや》かしたり嘲《あざけ》つたりして喜《よろこ》んでゐた。箱崎町《はこざきちやう》通《がよ》ひも元《もと》の通《とほ》り。
平坦《へいたん》な日《ひ》が暮《く》れて平坦《へいたん》な夜《よ》が明《あ》ける。煙草《たばこ》を吸《す》ひ湯《ゆ》を呑《の》んで幾《いく》時間《じかん》を過《すご》すことも多《おほ》い。痴鈍《ちどん》な長沼《ながぬま》の目《め》にも私《わたし》が不思議《ふしぎ》に見《み》えたのか或日《あるひ》敎員室《けうゐんしつ》で、
「君《きみ》は田舎《ゐなか》に家《いへ》があるんだから、敎師《けうし》なんかしないで、田舎《ゐなか》に歸《かへ》つたらいゝぢやないか」と眞面目《まじめ》でいつた。
「僕《ぼく》は田舎《ゐなか》を思《おも》ひ出《だ》してもぞつ[#「ぞつ」に傍点]とする、これで東京《とうきやう》に居《を》ればこそ、誰《だ》れが死《し》なうと病《わづ》らはうと、犬《いぬ》や猫《ねこ》と同樣《どうやう》に見《み》てゐられるんだが、田舎《ゐなか》はそういかんからね」
語調《ごてう》が銳《するど》かつたのか、長沼《ながぬま》は私《わたし》を見上《みあ》げて呆氣《あつけ》に取《と》られてゐたが、
「僕《ぼく》等《ら》はまだ老人《らうじん》でもないが、生活《くらし》が立《た》ちや田舎《ゐなか》へ引込《ひつこ》んで氣樂《きらく》に送《おく》りたいと思《おも》ふ、君《きみ》逹《たち》が都會《とくわい》にゐたがるのは、まだ一|家《か》の苦勞《くらう》を經驗《けいけん》せんからだ」
「十八番《おはこ》が始《はじ》まつたね」
と、私《わたし》は例《れい》の敎員《けうゐん》を尻目《しりめ》にかけた。長沼《ながぬま》は腕力《わんりよく》も俸給《ほうきう》も智識《ちしき》も私《わたし》に及《およ》ばぬが、只《たゞ》年齡《ねんれい》に於《おい》て一|日《じつ》の長《ちやう》があるので、どうかすると、「君《きみ》は若《わか》いからねえ」とか「まだ經驗《けいけん》が足《た》らんから」とか云《い》つて、僅《わづ》かに哀《あは》れなる自己《じこ》を主張《しゆちやう》してゐる。
私《わたし》は或時《あるとき》長沼《ながぬま》のために爭《あらそ》つた。校長《かうちやう》が彼《か》れを無能《むのう》として排斥《はいせき》しかけたのを遮《さへぎ》り、彼《か》れの爲《ため》に拳《こぶし》を握《にぎ》り目《め》を怒《いか》らせて辯護《べんご》した。私《わたし》の意見《いけん》は用《もち》ひられて無事《ぶじ》に收《おさ》まつたが、返事《へんじ》次第《しだい》で校長《かうちやう》を毆打《おうだ》せんとまで息込《いきご》んだのだ。長沼《ながぬま》は私《わたし》の俠骨《けふこつ》を喜《よろこ》び、下宿《げしゆく》へ來《き》て淚《なみだ》ながらに感謝《かんしや》した。しかし私《わたし》は深《ふか》い同情《どうじやう》から彼《か》れを擁護《えうご》したのではなくて、只《たゞ》氣《き》まぐれに過《す》ぎぬのであつた。退屈《たいくつ》さましの戯《たはむ》れに過《す》ぎぬのであつた。

(十三)

或日《あるひ》小山《こやま》はようやく「お樂《らく》の住所《じうしよ》が分《わか》つた」と、さも傲《ほこ》り顏《がほ》に私《わたし》に吿《つ》げた。
「何處《どこ》にゐる」
「芝《しば》四|國《こく》町《まち》二十三|番地《ばんち》、捜《さが》すのに困《こま》つたよ、學校《がくかう》へ行《い》つてたそうだがね、今《いま》はそれどころぢやない。大變《たいへん》困《こま》つてる、何《なん》でも姉《あね》が惡《わる》い男《をとこ》に引《ひつ》かゝつたので、妹《いもうと》の貯金《ちよきん》まで絞《しぼ》り取《と》られたらしいよ、それで姉《あね》は妹《いもうと》に離《はな》れて何處《どこ》かへ行《い》つて、お樂《らく》一人《ひとり》泣《な》きの淚《なみだ》で暮《く》らしてらあ、いゝ氣味《きび》さ、僕《ぼく》等《ら》を欺《だま》しやがつた天罰《てんばつ》だ」
「加瀨《かせ》が保護《ほご》して吳《く》れるだらう」
「なあに、加瀨《かせ》はもう結婚《けつこん》の準備《じゆんび》に忙《せわ》しいから、お樂《らく》のことは忘《わす》れてる」
「さうか、相手《あひて》は誰《だ》れだ」
「お楠《くす》、僕《ぼく》の從姉《いとこ》だ」
「ぢや加瀨《かせ》と君《きみ》とは親類《しんるゐ》になるんだね」と、私《わたし》はお楠《くす》のブク〳〵肥《ふと》つた身體《からだ》とおチヨボ口《ぐち》を思《おも》ひ浮《うか》べながら、
「加瀨《かせ》も方々《ほう〴〵》嗅《か》いで步《ある》いたが、つまりは手近《てぢか》い所《ところ》で間《ま》に合《あは》すんだね、」
「叔母《をば》は不賛成《ふさんせい》だつたが、まあ輕便《けいべん》でいゝさ」
と、小山《こやま》は利害《りがい》相關《あひくわん》せずと云《い》つた風《ふう》だ。
その夜《よ》私《わたし》は久振《ひさしぶ》りで加瀨《かせ》に手紙《てがみ》を送《おく》つた。
「もう結婚《けつこん》するさうだね、お目出度《めでたう》、御披露《ごひろう》の節《せつ》に僕《ぼく》も招《まね》いて吳《く》れ玉《たま》へ、吉例《きちれい》に謠曲《うたひ》くらゐ謠《うた》はうよ、兎《と》に角《かく》君《きみ》は羨《うらや》ましい、徴兵《ちやうへい》檢査《けんさ》が濟《す》むと、苦情《くじやう》も云《い》はずに結婚《けつこん》する、やがて子《こ》が生《う》まれるだらう、やがて君《きみ》の顏《かほ》に皺《しわ》が出來《でき》るだらう、」
加瀨《かせ》からの返書《へんしよ》は略《ほゞ》一尋《ひとひろ》もあつた。謹《つゝし》んだ手跡《しゆせき》で、さも考《かんが》へたらしい文句《もんく》に滿《み》ちてゐた。その中《うち》に
「結婚《けつこん》以前《いぜん》には、若《わかい》い女《をんな》の眼《め》は悉《こと〴〵》く僕《ぼく》に對《たい》して媚《こび》を呈《てい》してゐるやうに思《おも》はれたが、女房《にようぼ》が定《きま》つてからは、全然《まるで》態度《たいど》が一|變《ぺん》したやうに感《かん》ぜられる。瞳《ひとみ》の底《そこ》の方《はう》で冷《ひやゝ》かに笑《わら》ひながら、お前《まへ》さんはもう駄目《だめ》ですよ」と云《い》つてゐる。何《な》におれが女房《にようぼ》を貰《もら》つたかどうだか、見《み》ず知《し》らずの世間《せけん》の女《をんな》に解《わか》る譯《わけ》がない、氣《き》の所爲《せい》だと安心《あんしん》して見《み》るが、矢張《やはり》り『駄目《だめ》だ〳〵、白羽《しらは》の矢《や》は東片町《ひがしかたまち》の屋根《やね》の上《うへ》』と云《い》つてゐて相手《あひて》にしない」と云《い》ふ文句《もんく》があつて、終《をは》りに「君《きみ》よ、戀《こひ》すべし、結婚《けつこん》すべからず」と、世路《せろ》に老《を》いた人《ひと》の云《い》ひさうな文句《もんく》を添《そ》えてゐる。
私《わたし》は却《かへつ》て彼《か》れに飜弄《ほんろう》されたやうに感《かん》じてヂレた。彼《か》れは何時《いつ》までも太平《たいへい》である。道樂《だうらく》に仕事《しごと》をして道樂《だうらく》に世《よ》を逹觀《たつくわん》したやうな皮肉《ひにく》を云《い》つて、そして道樂《だうらく》に戀《こひ》をし結婚《けつこん》もしてゐる。
で、この時《とき》彼《か》れを冷笑《れせう》する勇氣《ゆうき》もなかつた。そしてこの一|夜《や》二三|年來《ねんらい》の反抗心《はんこうしん》の消《き》えて、何《なん》となく人懷《ひとなつ》かしくなつた。
今朝《けさ》からの梅雨《つゆ》が夕立《ゆふだち》模樣《もやう》になつて、向《むか》ひの屋根《やね》には水煙《みづけぶり》を立《た》て、激《はげ》しい音《おと》で降濺《ふりそゝ》いでゐるのに恐《おそ》れず、宿《やど》を飛出《とびだ》した。小山《こやま》の氣樂《きらく》な話《はなし》を聞《き》きたいのでもなく、お靜《しづ》の靑《あを》い顏《かほ》を見《み》たいのでもなく、只《たゞ》一圖《いちづ》に豐島《とよしま》に會《あ》ひたくなつた。彼《か》れの濡《うる》んだ目《め》を見《み》たい、彼《か》れの情熱《じやうねつ》の言葉《ことば》を聞《き》きたい。



正宗 定價六拾錢
著 紅塵(三版)
白鳥 郵稅八錢


明治四十一年十月十八日印刷 何處へ奧付
明治四十一年十月廿五日發行 定價八拾五錢

著作者 正宗白鳥
東京市麹町區飯田町六丁目廿四番地
不 許 發行者 西本波太
東京市小石川區久堅町百〇八番地
複 製 印刷者 山田英二
東京市小石川區久堅町百〇八番地
印刷所 博文館印刷所
――――――――――――――――――
東京市麹町區飯田町六丁目二十四
發行所 易 風 社
振替口座一二〇三四番

原文 一二三(目次)
訂正 一三五
原文 珈珈店《こーひーてん》(p. 3)
訂正 珈琲店《こーひーてん》
原文 良體《からだ》(p. 4)
訂正 身體《からだ》
原文 「如何《いか》にして(p. 5)
訂正 如何《いか》にして
原文 あらあね」、(p. 13)
訂正 あらあね」
原文 微錄《びろく》(p. 17)
訂正 微祿《びろく》
原文 武具《ぶく》(p. 18)
訂正 武具《ぶぐ》
原文 始《ほと》んど(p. 23)
訂正 殆《ほと》んど
原文 言葉《ことば》た(p. 25)
訂正 言葉《ことば》を
原文 被入《いらつら》やる(p. 29)
訂正 被入《いらつし》やる
原文 私《わわし》(p. 30)
訂正 私《わたし》
原文 壁《かべ》はは(p. 31)
訂正 壁《かべ》には
原文 暫《しばら》らく(p. 34)
訂正 暫《しば》らく
原文 外戶《そと》(p. 38)
訂正 戶外《そと》
原文 初《はじ》めて間(p. 39)
訂正 初《はじ》めの間
原文 堪《たゝ》へ(p. 40)
訂正 湛《たゝ》へ
原文 强《ひ》いて(p. 44)
訂正 强《し》いて
原文 程《ほど》でもないだけど(p. 45)
訂正 程《ほど》でもないんだけど
原文 頂《あづ》けんのです(p. 45)
訂正 頂《いただ》けんのです
原文 面白《おもしは》い(p. 45)
訂正 面白《おもしろ》い
原文 聞《きい》てゝても(p. 48)
訂正 聞《きい》てゝも
原文 見《み》たくなつたの」。(p. 49)
訂正 見《み》たくなつたの」
原文 お成《な》りなさいな」。(p. 49)
訂正 お成《な》りなさいな」
原文 云《い》ふですか(p. 51)
訂正 云《い》ふのですか
原文 出入《しゆつにい》(p. 52)
訂正 出入《しゆつにふ》
原文 健次《けんじ》などか(p. 52)
訂正 健次《けんじ》などが
原文 招《まぬ》かれる(p. 53)
訂正 招《まね》かれる
原文 一寸《ちよと》(p. 53)
訂正 一寸《ちよつと》
原文 定《さだ》る(p. 64)
訂正 定《さだ》まる
原文 聲《こゑ》をかける、(p. 65)
訂正 聲《こゑ》をかける。
原文 月初《つきはじ》で(p. 67)
訂正 月初《つきはじ》めで
原文 並《なら》べるか(p. 67)
訂正 並《なら》べるが
原文 記行《きこう》(p. 68)
訂正 紀行《きこう》
原文 洩《もら》らした(p. 70)
訂正 洩《も》らした
原文 酷《ひど》いは(p. 74)
訂正 酷《ひど》いわ
原文 如何《どう》にして(p. 74)
訂正 如何《いか》にして
原文 持《も》つてゝ(p. 81)
訂正 持《も》つてつて
原文 その宅《たく》を出《い》て(p. 83)
訂正 その宅《たく》を出《で》て
原文 上《あが》かるか(p. 84)
訂正 上《あ》がるか
原文 何《なに》だか(p. 86)
訂正 何《なん》だか
原文 兄《あに》さん(p. 86)
訂正 兄《にい》さん
原文 主婦《しうふ》(p. 89)
訂正 主婦《しゆふ》
原文 御馳走《ごちさう》なんか(p. 89)
訂正 御馳走《ごちそう》なんか
原文 叙情的《じよじやうきて》(p. 90)
訂正 叙情的《じよじやうてき》
原文 氣心《きこゞろ》(p. 91)
訂正 氣心《きごゝろ》
原文 やがで(p. 94)
訂正 やがて
原文 それには(p. 95)
訂正 それにね
原文 續《つゞ》けてやつけば(p. 96)
訂正 續《つゞ》けてやつてけば
原文 訴《うた》へる(p. 96)
訂正 訴《うつた》へる
原文 起上《おきあ》つた(p. 99)
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