Latin
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「お父《とつ》さんは兄《にい》さんを買被《かひかぶ》つてるんですよ、だから老人《としより》には何《なに》にも分《わか》らないんだわ、今《いま》に後悔《こうくわい》することが屹度《きつと》あると私《わたし》思《おも》ふわ」
「ハヽヽヽヽ、下《くだ》らないことを云《い》ふもんぢやない、お前《まへ》らは今《いま》に健次《けんじ》の妹《いもと》だと云《い》はれて名譽《めいよ》に思《おも》ふ時《とき》が來《く》る」
「私《わたし》、ちつとも兄《にい》さんなんか當《あて》にしちやゐないわ、何《なん》であんな人《ひと》」
と、新聞《しんぶん》を引寄《ひきよ》せて續《つゞ》き物《もの》に目《め》をつけ、熱心《ねつしん》に讀《よ》み出《だ》した。妹娘《いもと》は緣側《えんがは》へ出《で》て猫《ねこ》の頭《あたま》を撫《な》でながら唱歌《しようか》を唄《うた》つてゐる。
健次《けんじ》は障子《しやうじ》を締《し》め切《き》り、机《つくゑ》に向《むか》つて正座《せいざ》し、「革命家《かくめいか》の自傳《じでん》」を開《ひら》いた。心《こゝろ》を凝《こ》らし素早《すばや》く走《はし》り讀《よ》みしてゐたが、著者《ちよしや》が貴族《きぞく》の家《いへ》に生《うま》れ幼時《えうじ》より宮中《きうちう》に出入《しゆつにふ》する叙述《じよじゆつ》を讀《よ》み終《をは》ると、書物《しよもつ》を伏《ふ》せて仰向《あふむ》けに寢《ね》た。自分《じぶん》とは緣《えん》の遠《とほ》い境遇《けうぐう》の異《ことな》つた人《ひと》の閱歷《えつれき》が如何程《いかほど》の興味《きようみ》があらうぞと失望《しつぼう》した。そして机《つくゑ》から書物《しよもつ》を引下《ひきおろ》して、只《たゞ》氣《き》まぐれに處々《ところ〴〵》拔《ぬ》き讀《よみ》すると、農夫《のうふ》に伍《ご》して革命《かくめい》を說《と》いたり、國《くに》を脫走《だつそう》して他國《たこく》に流浪《るらう》するあたり、さも面白《おもしろ》さうに書《か》いてあるが、最早《もはや》健次《けんじ》にはそれが光《ひかり》のない艶《つや》の失《う》せた文字《もじ》と見《み》え、少時《せうじ》父《ちゝ》から彰義隊《しやうぎたい》や白虎隊《びやくこたい》の話《はなし》を聞《き》いた時《とき》ほどにも、胸《むね》も躍《をど》らず血《ち》も湧《わ》かず目《め》を瞑《つぶ》つて心《こゝろ》の動《うご》くに任《まか》せてゐると、自分《じぶん》の左右《さいう》前後《ぜんご》には火花《ひばな》も散《ち》らず、鯨波《ときのこゑ》も聞《きこ》えず、只《たゞ》銀座《ぎんざ》には埃《ほこり》が立《た》つて、うぢよ〳〵と人《ひと》の步《ある》いてる樣《さま》が頭《あたま》の中《なか》に浮《うか》んで來《く》る。
で、彼《か》れは緣側《えんがは》の障子《しやうじ》を開《あ》けて、庭《には》を見《み》ると、父《ちゝ》は日曜《にちえう》每《ごと》の役目《やくめ》を怠《をこた》らず、草履《ざうり》を穿《は》いて掃除《さうじ》をしてゐる。昨日《きのふ》と同《おな》じく空《そら》は冴《さ》え風《かぜ》もなく、日《ひ》は生温《なまあたゝ》かく照《て》つて、竹箒《たけはうき》持つた老人《らうじん》の影《かげ》のみが緩《ゆる》く動《うご》いてゐる。健次《けんじ》は欠伸《あくび》をして、又《また》書物《しよもつ》を枕《まくら》に寢《ね》ころび、兩手《りやうて》を投《な》げ出《だ》して、うと〳〵してゐたが、暫《しばら》くすると妹共《いもとゞも》の騷《さわ》ぐ音《おと》がして、終《しま》ひには英語《えいご》の朗讀《らうどく》が聞《きこ》える、學校《がくかう》の懇親會《こんしんくわい》で、織田《おだ》の妹《いもと》と二人《ふたり》で朗讀《らうどく》するといふ英文《えいぶん》の對話《たいわ》を暗誦《あんしよう》してゐるのであらう、太《ふと》くて甘《あま》つたれた聲《こゑ》で、如何《いか》にも陽氣《やうき》さうに讀《よ》んでゐる。
健次《けんじ》は心《こゝろ》がむしやくしやして、俄《にわ》かに起上《おきあが》り、帽子《ぼうし》を被《かぶ》り出仕度《でしたく》をして、玄關《げんくわん》まで出《で》かけたが、又《また》引返《ひきか》へして何氣《なにげ》なく妹《いもと》の部屋《へや》へ侵入《しんにふ》すると、妹《いもと》は彼《か》れを見上《みあ》げて、ぱつたり朗讀《らうどく》を止《や》めた。
「おい、一寸《ちよつと》見《み》せろ」と、健次《けんじ》は妹《いもと》の手《て》から洋紙《やうし》を取上《とりあ》げて見《み》ると、「二人《ふたり》の不幸《ふかう》なる娘《むすめ》」と題《だい》して、その會話《くわいわ》が書《か》いてある。
「今《いま》お稽古《けいこ》してるんだから、兄《にい》さんは彼室《あちら》へ行《い》つてゐらつしやい」と、妹《いもと》は健次《けんじ》の手《て》から洋紙《やうし》を奪《うば》ひ返《かへ》した。
「おれが茲《こゝ》で直《なほ》してやるから、讀《よ》んで見《み》ろ」と、健次《けんじ》は帽子《ぼうし》を被《かぶ》つたなり坐《すわ》り込《こ》んだ。
「兄《にい》さんは直《す》ぐ冷《ひや》かすから厭《いや》だけど」と否《いな》んだが、漸《やうや》く納得《なつとく》して、自分《じぶん》の分《ぶん》だけを拾《ひろ》つて讀《よ》んだ。筋《すぢ》は幼馴染《おさななじみ》の二|少女《せいぢよ》が、一人《ひとり》は東北《とうほく》一人《ひとり》は九|州《しう》と十|年《ねん》も離《はな》れてゐた後《のち》、或《ある》所《ところ》で思《おも》ひがけなく巡《めぐ》り合《あ》ひ、その間《あひだ》の境涯《けうがい》の辛酸《しんさん》を語《かた》り合《あ》ふ哀《あは》れな物語《ものがたり》。發音《はつおん》の法則《はふそく》は滅茶々々《めちや〳〵》だがよく暗記《あんき》してゐて、目《め》を細《ほそ》め言葉《ことば》の調子《てうし》も哀《あは》れげに、表情《へうじやう》澤山《たくさん》で朗讀《らうどく》し、「この次《つぎ》には二人《ふたり》とも、もつと幸福《しあはせ》な人間《にんげん》に生《うま》れて來《き》ませう」と、淚《なみだ》で別《わか》れる所《ところ》で、會話《くわいわ》が終《をは》ると、
「上手《じやうづ》でせう」と、千代《ちよ》は兄《あに》を見《み》て、息《いき》をついた。中々《なか〳〵》得意《とくい》らしい。
「うん甘《うま》い、よく覺《おぼ》えられたね」
「もつとお稽古《けいこ》しなければ不安心《ふあんしん》だわ、織田《おだ》さんに負《ま》けちや厭《いや》だから」
「あの女《ひと》も稽古《けいこ》してるんか」
「え、そりやしてるわ、外《ほか》の人《ひと》も一|生懸命《しやうけんめい》ですもの、私《わたし》今日《けふ》も午後《おひる》から織田《おだ》さんとこへ行《い》つてよ」
「病人《びやうにん》のある家《うち》へ行《い》つたつて駄目《だめ》ぢやないか、まさかあの家《うち》で、芝居《しばゐ》の眞似《まね》なんかも出來《でき》まいし」
「一|緖《しよ》に外《ほか》の家《うち》へ行《い》くんだわ」
「箕浦《みのうら》の家《うち》へでも行《い》くんだらう」
「行《い》つたつていゝでせう、惡《わる》くつて」と、わざと拗《すね》て見《み》せる。
「惡《わる》いと云《い》やあしないよ、每日《まいにち》でも遊《あそ》びに行《ゆ》くがいゝ、あの男《をとこ》なら親切《しんせつ》に發音《はつおん》も直《なほ》して吳《く》れるし、音樂《おんがく》の議論《ぎろん》ぐらゐ聞《き》かせて吳《く》れらあ、…………それからお前《まへ》、織田《おだ》へ行《ゆ》くんなら、これを持《も》つてつて吳《く》れ」と、健次《けんじ》は今《いま》思《おも》ひ出《だ》した如《ごと》く、書齋《しよさい》から紙入《かみいれ》を持《も》つて來《き》て、紙幣《さつ》を反古紙《ほごがみ》にくるんで妹《いもと》に渡《わた》し、「これだけ織田《おだ》にやるんだ」
妹《いもと》は不審《ふしん》さうに兄《あに》を見《み》て、「これをどうするの、織田《おだ》さんの兄《にい》さんに貸《か》すのですか」
「何《なん》でもいゝから、只《たゞ》持《も》つてけばいゝんだ」
「だつて私《わたし》が持《も》つて行《ゆ》くのは變《へん》だわ、それに兄《にい》さんはよく織田《おだ》さんにお金《かね》を貸《か》すのね、何故《なぜ》織田《おだ》さんばかり好《す》きなんだらう、あの家《うち》よりやいくら私《わたし》の家《うち》の方《はう》が貧乏《びんぼふ》だか知《し》れやしないのに、本當《ほんと》に兄《にい》さんは變《へん》な人《ひと》ね」と、妹《いもと》は反古包《ほごづゝみ》をひねくつて、その金目《かねめ》まで覘《のぞ》いて見《み》てゐたが、
「お前《まへ》にやるよりや、織田《おだ》にやつた方《はう》が、いくらやり榮《ばえ》がするか知《し》れやしない」と、健次《けんじ》は無邪氣《むじやき》に笑《わら》つて、當《あて》もなく戶外《そと》へ出《で》た。妹《いもと》は坐《すわ》つたきり目《め》を据《す》ゑて、「兄《にい》さんは何故《なぜ》だらう、お鶴《つる》さんに心《こゝろ》があるから、あんなに織田《おだ》さんを大事《だいじ》にするのぢやないか知《し》らん、さう云《い》へば思《おも》ひ當《あた》ることが幾《いく》らもある、屹度《きつと》さうだ、戀《こひ》で煩悶《はんもん》してるんだわ」と、自分《じぶん》の身《み》に引《ひき》くらべて想像《さうぞう》に耽《ふけ》つてゐた。

(十)

健次《けんじ》は短《みじ》かい秋《あき》の一|日《にち》を持餘《もてあま》した。上野《うへの》の公園《こうゑん》をぶらつき、或《あるひ》は珈琲店《こーひーてん》へ入《はい》り、或《あるひ》はビアーホールへ入《はい》り、それから社《しや》の同僚《どうりやう》を訪《たづ》ねて、氣乗《きの》りのせぬ話《はなし》に相槌《あひづち》を打《う》つて、漸《やうや》く二三|時間《じかん》を空費《くうひ》し、その宅《たく》を出《で》て、湯島《ゆしま》天神《てんじん》の境内《けいだい》を通《とほ》り拔《ぬ》けて歸路《きろ》に就《つ》いた。特筆《とくひつ》すべき事件《じけん》は少《すこ》しもない。忙《いそが》しい人《ひと》は仕事《しごと》に心《こゝろ》を奪《うば》はれて時《とき》の立《た》つを忘《わす》れ、歡樂《くわんらく》に耽《ふけ》れる人《ひと》も月日《つきひ》の無《な》い世界《せかい》に遊《あそ》ぶのであるが、此頃《このごろ》の健次《けんじ》は絕《た》えず刻々《こく〳〵》の時《とき》と戰《たゝか》つてゐる。酒《さけ》を飮《の》むのも、散步《さんぽ》をするのも、氣㷔《きえん》を吐《は》くのも、或《あるひ》は午睡《ひるね》をするのも、只《たゞ》持扱《もちあつか》つてる時間《じかん》を費《つひや》すの爲《ため》のみで、外《ほか》に何《なに》も意味《いみ》はない。そして一|月《つき》二|月《つき》を取留《とりと》めもなく過《すご》しては、後《あと》から振返《ふりかへ》つて、下《くだ》らなく費《つひや》した歲月《さいげつ》の早《はや》く流《なが》るゝに驚《おどろ》く。
彼《か》れは激烈《げきれつ》な刺激《しげき》に五|體《たい》の血《ち》を湧立《わきた》たさねば、日《ひ》に〳〵自分《じぶん》の腐《くさ》り行《ゆ》くを感《かん》じ、靑春《せいしゆん》の身《み》で只《たゞ》時間《じかん》の蟲《むし》に喰《く》はれつゝ生命《いのち》を維《つな》いでゐる現狀《げんじやう》を溜《たま》らなく思《おも》つた。そして空想《くうさう》を逞《たくま》うして色々《いろ〳〵》の刺激物《しげきぶつ》を考《かんが》へた。普通《ふつう》の麻醉劑《ますゐざい》は何《なん》の効目《きゝめ》もない、酒《さけ》なら燒酎《せうちう》かウヰスキーを更《さら》にコンデンスした物《もの》、煙草《たばこ》なら阿片《あへん》、戀《こひ》なら櫻木《さくらぎ》のお雪《ゆき》や織田《おだ》のお鶴《つる》のやうな女《をんな》と、甘《あま》つたるい言葉《ことば》を交換《かは》したのでは微醉《ほろよひ》もする氣遣《きづかひ》はない。正義《せいぎ》も公道《こうだう》も問題《もんだい》ぢやない。自分《じぶん》を微温《びおん》の世界《せかい》から救《すく》ひ出《だ》して、筋肉《きんにく》に熱血《ねつけつ》を迸《ほとばし》らすか、膓《はらわた》まで蕩《と》ろかす者《もの》、それが自分《じぶん》の唯《ゆゐ》一の救世主《きうせいしゆ》だ。革命軍《かくめいぐん》に加《くは》つて爆裂彈《ばくれつだん》に粉碎《ふんさい》されやうとも、山賊《さんぞく》に組《くみ》して縛首《しばりくび》の刑《けい》に合《あ》はうとも、結果《けつくわ》が何《なん》であれ、名義《めいぎ》が何《なん》であれ、自分《じぶん》を刺激《しげき》する最初《さいしよ》の者《もの》に身《み》を投《な》げて、長《なが》くても短《みじ》かくても、或《あるひ》は即刻《そくこく》に倒《たを》れてしまつてもよい。そしてこんな刺激物《しげき》が自然《しぜん》に自分《じぶん》の前《まへ》に現《あら》はれねば、自分《じぶん》から進《すゝ》んで近《ちか》づいて行《ゆ》く。渦《うづ》が捲《ま》き込《こ》んで吳《く》れねば、自分《じぶん》で渦《うづ》の中《なか》へ飛《と》び込《こ》む。鐵藏《てつざう》がゐなければ自分《じぶん》で鐵藏《てつざう》になつて喧嘩《かんくわ》を吹《ふつ》かけて行《ゆ》く。戰爭《せんそう》も革命《かくめい》も北極《ほくきよく》探檢《たんけん》も人間《にんげん》の怠屈《たいくつ》醒《さ》ましの仕事《しごと》だ。平坦《へいたん》の道《みち》には倦《う》むが、險崖《けんがい》を攀上《よぢのぼ》つてゐれば、時《とき》をも忘《わす》れ欠伸《あくび》の出《で》る暇《ひま》もない。
「よし渦《うづ》へ入《はい》るか崖《がけ》を上《あ》がるか」と、彼《かれ》はステツキを持《も》つた手《て》に力《ちから》を入《い》れたが、その手《て》は直《す》ぐ弛《ゆる》んでしまう。社會《しやくわい》のため主義《しゆぎ》のため理想《りさう》のためと思《おも》へばこそ眞面目《まじめ》で險崖《がけ》上《のぼ》りも出來《でき》るが、初《はじ》めから怠屈《たいくつ》醒《さ》ましと知《し》つて荊棘《いばら》の中《なか》へ足《あし》を踏込《ふみこ》めるものか。理由《りいう》もないのに獨《ひと》りで血眼《ちまなこ》になつて大道《だいだう》を馳《は》せ廻《まは》れるものか。何故《なぜ》每日《まひにち》の出來事《できごと》、四|方《はう》の境遇《けうぐう》、何《なに》一つ自分《じぶん》を刺激《しげき》し誘惑《いうわく》し虜《とりこ》にする者《もの》がないのであらう。只《たゞ》日々《ひゞ》世界《せかい》の色《いろ》は褪《あ》せ行《ゆ》き、幾萬《いくまん》の人間《にんげん》の響動《どよめき》は葦《あし》や尾花《をばな》の戰《そよ》ぐと同《おな》じく無意義《むいぎ》に聞《きこ》えるやうになつた。自分《じぶん》の心《こゝろ》が老《お》いたのか、地球《ちきう》其《それ》自身《じしん》が老《お》い果《は》てゝ、何等《なんら》の淸新《せいしん》の氣《き》も宿《やど》さなくなつたのであらうか。
彼《か》れは目《め》を移《うつ》して道《みち》の左右《さいう》を見《み》た。夕日《ゆうひ》は電信柱《でんしんばしら》の影《かげ》を金物屋《かなものや》の壁《かべ》に印《いん》してゐる。壁《かべ》の隅《すみ》には薄墨《うすゞみ》で「法樂《はふらく》加持《かぢ》」と書《か》いた大福寺《だいふくじ》の廣吿《くわうこく》が貼《は》りつけられ、その片端《かたはし》が剝《は》げかゝりふら〳〵[#「ふら〳〵」に傍点]動《うご》いてゐる。牛乳《ぎうにう》配逹《はいたつ》と點燈夫《てんとうふ》とが前後《ぜんご》して走《はし》つてる後《あと》から、白《しろ》い帽子《ぼうし》を戴《いたゞ》き裾《すそ》の廣《ひろ》い黑衣《こくい》を着《つ》け、腰《こし》に長《なが》い珠數《じゆず》を垂《た》れた天主敎《てんしゆけう》の尼《あま》が二人《ふたり》、口《くち》も閉《と》ぢ側見《わきみ》もせず、靴《くつ》は土《つち》を踏《ふ》まぬが如《ごと》く、閑雅《しとやか》に音《おと》をも立《た》てず步《あゆ》んで來《く》る。深《ふか》く澄《す》んだ空《そら》を煙突《えんとつ》の黑煙《こくえん》が搔亂《かきみだ》し、その側《そば》を一|列《れつ》の鳥《とり》が橫切《よこぎ》つた。晝間《ひるま》の温《あたゝ》かさも急《きふ》に薄《うす》らいで、健次《けんじ》は肌寒《はださむ》く感《かん》じた。
彼《か》れは足《あし》と心《こゝろ》を疲《つか》らせて、兎《と》に角《かく》家《うち》へ歸《かへ》つた。妹《いもと》は他所行《よそゆき》の大切《たいせつ》な紋羽二重《もんはぶたへ》の羽織《はおり》を着《き》たまゝ、茶《ちや》の間《ま》のランプを點火《つけ》てゐた。
「あら、兄《にい》さんお歸《かへ》り、私《わたし》も今《いま》歸《かへ》つたところよ」と、マツチを火鉢《ひばち》へ棄《す》てゝ、艶艶《つやつや》しい顏《かほ》を見《み》せた。
「織田《おだ》は何《なに》をしてた」
「勉强《べんきやう》してるわ、でね、お金《かね》を渡《わた》すと、何《なん》だか極《きま》り惡《わる》さうに受取《うけと》つて、兄《にい》さんにお禮《れい》を云《い》つてたわ」
「さうか」と、健次《けんじ》は所在《しよざい》なさに、火鉢《ひばち》の前《まへ》に片膝《かたひざ》立《た》てゝ坐《すわ》り、火箸《ひばし》をいぢつてる。妹《いもと》はその側《そば》で羽織《はおり》を脫《ぬ》いで疊《たゝ》みながら、ちよい〳〵兄《あに》の顏《かほ》を見上《みあ》げては、
「織田《おだ》さんは二三|日《にち》中《うち》に兄《にい》さんに遇《あ》ひたいと云《い》つてましたよ、是非《ぜひ》話《はなし》を定《き》めることがあるんだつてね、兄《にい》さんも知《し》つてるでせう、どんな話《はなし》だか、私《わたし》も織田《おだ》さんの言振《いひぶ》りで荒方《あらかた》推察《すゐさつ》してるけど。」
「さうか」と、健次《けんじ》は氣《き》に留《と》めぬ風《ふう》なので、妹《いもと》はわざと調戯《からか》ふ氣《き》で、
「當《あ》てゝ見《み》ませうか、屹度《きつと》あの事《こと》だわ」と莞爾《につこり》した。
「あの事《こと》つて鶴《つる》さんの緣談《えんだん》だらう」と健次《けんじ》が小憎《こにく》らしい程《ほど》平氣《へいき》なので、妹《いもと》は、
「兄《にい》さんはよく御存《ごぞん》じね、同意《どうい》するんでせう、兄《にい》さんも、」
「どうかねえ」
「どうかねえつて、それでいゝぢやありませんか、其《そ》の事《こと》で私《わたし》兄《にい》さんに話《はなし》があつてよ」と云《い》ひかけた所《ところ》へ、母《はゝ》が勝手《かつて》から入《はい》つて來《き》たので口《くち》を噤《つぐ》み、羽織《はおり》を簞笥《たんす》へ收《おさ》めた。
「さあ御飯《ごはん》だ〳〵」と、母《はゝ》は膳立《ぜんだ》てして、汁《しる》のこぼれてる鍋《なべ》を火鉢《ひばち》に掛《か》けた。
健次《けんじ》は「まだ飯《めし》は欲《ほ》しくない」と云《い》つて、自分《じぶん》の居室《ゐま》へ入《はい》ると、妹《いもと》は後《うしろ》から駈《か》けて來《き》て、ランプを點火《つけ》た。平生《ふだん》に似《に》ず親切《しんせつ》に煙草盆《たばこぼん》まで掃除《さうじ》して持《も》つて來《き》た。
で、健次《けんじ》が机《つくゑ》に肱《ひぢ》を突《つ》いて煙草《たばこ》を吹《ふ》かし、相手《あひて》にする風《ふう》はないのに、その傍《そば》に坐《すわ》り、
「でね、兄《にい》さん」と口《くち》を切《き》る。「今《いま》の話《はなし》、兄《にい》さんも考《かんが》へてるんでせう、どうなさるの」
「何《なん》だい織田《おだ》の事《こと》か、それを聞《き》いて何《なん》にする」と、健次《けんじ》は不審《ふしん》さうに妹《いもと》の顏《かほ》を顧《かへり》みた。
「何《なに》つて事《こと》はないけど」と、目《め》を外《はづ》して「私《わたし》、今日《けふ》織田《おだ》さんからも、お鶴《つる》さんからも色《いろ》んな事《こと》を聞《き》いたのよ」
「何《なに》を?」
「織田《おだ》さんの方《はう》ぢや、もうちやんと一人《ひとり》で定《き》めてるんだわ、それに向《むか》うでは、兄《にい》さんも家《うち》のお母《つか》さんもお父《とつ》さんも、屹度《きつと》承知《しやうち》することゝ思《おも》つてるらしいのよ、お鶴《つる》さんも兄《にい》さんから聞《き》いたのか、今日《けふ》は樣子《やうす》が變《かは》つてるし、明日《あす》お稽古《けいこ》に私《わたし》の家《うち》へ被入《いらつし》やいと云《い》つても、何時《いつ》も來《き》たがる癖《くせ》に厭《いや》だつて云《い》ふんですもの、」
「おい、下《くだ》らない話《はなし》は止《よ》せ、」
と、机《つくゑ》に向《むか》つて、經濟書《けいざいしよ》を開《ひら》いて、ぼんやり讀《よ》んでゐたが、妹《いもと》は尙《な》ほ側《そば》に坐《すわ》つてゐて、
「だつて兄《にい》さんも早《はや》く結婚《けつこん》なすつた方《はう》がいゝでせう、家《うち》の爲《ため》から云《い》つても、兄《にい》さんの身《み》が定《きま》つて、お父《とつ》さんの責任《せきにん》を輕《かる》くしなくつちや仕樣《しやう》がないですもの、それが一|番《ばん》の孝行《かう〳〵》だと思《おも》ふわ、それにお鶴《つる》さんは一|家《か》の主婦《しゆふ》として缺點《けつてん》がないんだから、私《わたし》からも兄《にい》さんに勸《すゝ》めたい位《くらゐ》よ」
「お前《まへ》どうかしたのか、酷《ひど》く今日《けふ》は眞面目《まじめ》臭《くさ》つた事《こと》を並《なら》べるね」と、健次《けんじ》は笑《わら》つて、「お前《まへ》はよくお鶴《つる》さんの惡口《あくこう》を云《い》つて、あれぢや家《うち》は持《も》てないなんて云《い》つてたぢやないか、急《きふ》に變節《へんせつ》したね、御馳走《ごちそう》にでもなつたんかい」
「あら酷《ひど》いわ、私《わたし》織田《おだ》さんとこで少《ちつ》とも御馳走《ごちそう》なんかになりやしないわ」
「でも御馳走《ごちそう》になつた顏付《かほつき》をしてるぢやないか。箕浦《みのうら》の家《うち》へも寄《よ》つたのか」
「えゝ」と妹《いもと》は曖昧《あいまい》な返事《へんじ》をする。
「お鶴《つる》さんと二人《ふたり》で朗讀《らうどく》でもして騷《さわ》いだのか」
「えゝ、兄《にい》さんによろしくと云《い》つてたわ」
「お鶴《つる》さんと一|緖《しよ》に行《ゆ》くと、あの男《をとこ》が優待《いうたい》するだらう」
と、健次《けんじ》は何氣《なにげ》なく云《い》つたが、妹《いもと》の耳《みゝ》にはそれが銳《するど》く響《ひゞ》いて、急《きふ》に考《かんが》へ込《こ》んだ。健次《けんじ》は箕浦《みのうら》から屢屢《しば〴〵》戀愛論《れんあいろん》を聞《き》かされたのだが、先日《せんじつ》或《ある》雜誌《ざつし》に載《の》つた彼《か》れの叙情的《じよじやうてき》の美文《びぶん》を讀《よ》んだ時《とき》、それが彼《かれ》自身《じしん》の事《こと》を書《か》いてるので、相手《あひて》は織田《おだ》の妹《いもと》だと感付《かんづ》いた。そして自分《じぶん》の妹《いもと》の竊《ひそ》かに箕浦《みのうら》を思《おも》つてるのが可笑《おかし》くもあり、可愛《かあい》さうでもあつた。しかしそれを妹《いもと》に知《し》らせる氣《き》でもなかつたのだ。で、
「學校《がくかう》の懇親會《こんしんくわい》は何日《いつ》あるんだ」と、聞《き》きたくもないことを、わざと柔《やさ》しい聲《こゑ》で問《と》うた。妹《いもと》は碌《ろく》に答《こた》へもせず、暫《しばら》くして浮《う》かぬ面《かほ》を上《あ》げて、
「兄《にい》さんは結婚《けつこん》する氣《き》ぢやないんですか」と、さも妹《いもと》の身《み》の上《うへ》にも重要《ぢうえう》問題《もんだい》ででもある如《ごと》く感《かん》じてゐる。
「お前《まへ》はおれを織田《おだ》の妹《いもと》と結婚《けつこん》させたいのか、それが何《なに》かお前《まへ》の利益《りゑき》になるんか、變《へん》だね」と、健次《けんじ》はお轉婆《てんば》の妹《いもと》の生眞面目《きまじめ》な態度《たいど》を怪《あやし》んだ。
「私《わたし》の利益《りゑき》なんて酷《ひど》いわ、兄《にい》さんの爲《ため》を思《おも》つてるから聞《き》いて見《み》てるのに」と、袂《たもと》の先《さき》をひねくつて言葉《ことば》もはき〳〵しない。
「有難《ありがた》う、しかしおれは近々《きん〳〵》下宿屋《げしゆくや》へでも行《い》つちまうんだ」
「本當《ほんたう》に?」と、妹《いもと》は目《め》を丸《まる》くして「何故《なぜ》下宿屋《げしゆくや》なんかへ」
「何故《なぜ》でもないさ、もうお前方《まへがた》のお喋舌《しやべり》も聞飽《きゝあ》いたから、」
妹《いもと》は兄《あに》の氣心《きごゝろ》を知兼《しりか》ねて、只《たゞ》「變《へん》な人《ひと》だわ、お鶴《つる》さんを好《す》いてやしないのか知《し》らん、それとも表面《うはべ》ばかりあんなに澄《す》ましてるのではなからうか」と思《おも》つてゐたが末娘《すゑむすめ》のお光《みつ》が「姉《ねい》さん、早《はや》く被入《いらつし》やい、御飯《ごはん》だよ」と、駈《か》けて來《き》て、引張《ひつぱ》つて茶《ちや》の間《ま》へ行《い》つた。

(十一)

四五|日《にち》はかくて過《す》ぎた。目《め》を醒《さ》ますと、屋根《やね》には霜《しも》を置《お》いて朝日《あさひ》がキラ〳〵と照《て》つてることもある、雲《くも》の低《ひく》く垂《た》れてることもある。培養《ばいやう》せぬ菊《きく》は蟲《むし》に喰《く》はれて自然《しぜん》に萎《しほ》れて行《ゆ》く。父子《ふし》は前後《ぜんご》して出勤《しゆつきん》する。健次《けんじ》は每日《まいにち》同《おな》じやうなことを考《かんが》へて、一|日《にち》の仕事《しごと》を濟《す》ませて歸《かへ》ると、相《あひ》も變《へん》らず母《はゝ》は窶《やつ》れた顏《かほ》をして待《ま》つてゐる。一|家《か》には何《なん》の波瀾《はらん》もない。母《はゝ》は年中《ねんぢう》廢屋《あばらや》に燻《くす》ぶつてゐるのだから、偶《たま》に戶外《そと》へ出《で》るか、異《かは》つた人《ひと》が訪《たづ》ねて來《く》ると、見《み》たり聞《き》いたりした何《なん》でもない事《こと》を、物珍《ものめづ》らしさうに誇張《こちやう》して問《と》はず語《がた》りをするのを樂《たのし》みにしてゐる。妹《いもと》の千代《ちよ》は思《おも》ひ出《だ》しては朗讀《らうどく》の稽古《けいこ》をしてゐるが、平生《ふだん》ほどお喋舌《しやべ》りもせず、多少《たせう》鬱《ふさ》いでる風《ふう》も見《み》える。織田《おだ》は忙《いそがし》いので手紙《てがみ》を送《おく》つたきり訪《たづ》ねて來《こ》ない。先月《せんげつ》から赤痢《せきり》が流行《りうかう》して、根岸《ねぎし》近傍《きんばう》にも大分《だいぶ》患者《くわんじや》があるやうだが、菅沼《すがぬま》の一|家《か》は數年《すうねん》來《らい》風邪《ふうじや》以上《いじやう》の病人《びやうにん》はない。で、父《ちゝ》は家族《かぞく》が皆《みな》健全《けんぜん》で目出度《めでたい》々々々と一人《ひとり》で喜《よろこ》んで、自分《じぶん》が少《すこ》し風邪氣《かぜけ》があらうと腹加減《はらかげん》がよくなからうと、痩我慢《やせがまん》を出《だ》して出勤《しゆつきん》してゐる。しかし今度《こんど》の寒《さむ》さ當《あた》りは我慢《がまん》し切《き》れなかつたと見《み》え、或日《あるひ》役所《やくしよ》を早退《はやび》けにして歸《かへ》り、お定《きま》りの晚酌《ばんしやく》も止《よ》して、行火《あんか》へもぐり込《こ》んでしまつた。
健次《けんじ》は父《ちゝ》の代《かは》りに海苔《のり》を肴《さかな》に一|本《ぽん》ガブ呑《の》みにして、書齋《しよさい》へ入《はい》つたが、寢《ね》るには早《はや》し、ランプと睨《にらめ》つくらをしてゐた。すると、その朝《あさ》桂田《かつらだ》夫人《ふじん》の筆《ふで》で晚餐會《ばんさんくわい》招待《せうたい》のハガキの來《き》たことから、桂田《かつらだ》に借《か》りた「東西《とうざい》倫理《りんり》思潮《してう》」を、本箱《ほんばこ》の上《うへ》に置《お》いたまゝ手《て》にも取《と》らず、談話《だんわ》筆記《ひつき》に行《ゆ》くのも忘《わす》れてゐたことを思《おも》ひ出《だ》し、それを取出《とりだ》して飛《と》び〳〵に讀《よ》みかけた。
西風《にしかぜ》がカタ〳〵と雨戶《あまど》に當《あた》り、隣家《となり》の柿《かき》の葉《は》の散《ち》る音《おと》も幽《かす》かに聞《きこ》える。父《ちゝ》は時々《とき〴〵》呻吟《うめい》てゐる。
次第《しだい》に健次《けんじ》の目《め》は書物《しよもつ》を離《はな》れ、銳《するど》い神經《しんけい》は風《かぜ》の音《おと》と父《ちゝ》の呻吟《うめき》とに煩《わづら》はされ、火鉢《ひばち》へ俯首《うつむ》いて眉《まゆ》を顰《ひそ》め、煙草《たばこ》の吸口《すゐくち》を嚙《か》んでゐると、門《かど》の戶《と》がそつと開《あ》いた。それが木枯《こがら》しで自然《しぜん》に開《あ》いたやうで、健次《けんじ》は思《おも》はず薄氣味《うすきみ》惡《わる》く感《かん》じた。忍《しの》びやかに敷石《しきいし》に音《おと》がする。誰《た》れかが來《き》たらしく、やがて低《ひく》い聲《こゑ》で母《はゝ》との話聲《はなしごゑ》がする。
「あゝ織田《おだ》だな」と、健次《けんじ》は離《はな》れ島《じま》に人《ひと》の訪《たづ》ねた如《ごと》く、救助《きうじよ》の舟《ふね》でも來《き》た如《ごと》く望《のぞ》みを掛《か》けて待《ま》つてゐた。
暫《しばら》くして織田《おだ》は「ヤア」と、例《れい》の頓間《とんま》な聲《こゑ》をして入《はい》つて來《き》て、火鉢《ひばち》を隔《へだ》てゝ坐《すわ》つた。新調《しんてう》と思《おも》はれる綿入《わたいれ》を着《き》て、髯《ひげ》も剃《そ》つて、髮《かみ》も奇麗《きれい》に分《わ》け、愉快《ゆくわい》さうな顏付《かほつき》をしてゐる。
「非常《ひじやう》に遲《おそ》く來《き》たね」
「遲《おそ》くなくちや君《きみ》がゐないかと思《おも》つて、」と、織田《おだ》は珍《めづ》らしく敷島《しきしま》を袂《たもと》から出《だ》して火《ひ》を付《つ》け、
「僕《ぼく》は今日《けふ》非常《ひじやう》に愉快《ゆくわい》だ」
「愉快《ゆくわい》だつて、君《きみ》からそんな言葉《ことば》を聞《き》くのは不思議《ふしぎ》だ、親爺《おやぢ》の病氣《びやうき》でもよくなつたのか」
「いや、親爺《おやぢ》は變《かは》らないがね、今日《けふ》僕《ぼく》は桂田《かつらだ》さんの紹介《せうかい》で新職業《しんしよくげふ》に有《あり》ついたんだ、神田《かんだ》の本屋《ほんや》で辭書《じしよ》の編纂《へんさん》だが、報酬《ほうしう》も非常《ひじやう》にいゝんだよ」
「さうか、面倒《めんだう》臭《くさ》い厭《いや》な仕事《しごと》だね、辛抱《しんばう》出來《でき》るかい」
「面倒《めんだう》臭《くさ》いなんて云《い》つた日《ひ》にや、いゝ仕事《しごと》はありやしないぜ、報酬《ほうしう》さへよけりや、僕《ぼく》は何《なん》でもやる、それにね君《きみ》、僕《ぼく》は長編《ちやうへん》を昨日《きのふ》譯《やく》してしまつたよ、あの金《かね》が入《はい》ると、借金《しやくきん》を殘《のこ》らず拂《はら》へるし、醫者《ゐしや》の方《はう》も奇麗《きれい》に片付《かたづ》くから一|安心《あんしん》だ、君《きみ》にも一|杯《ぱい》奢《おご》らあ」
織田《おだ》は平素《ふだん》健次《けんじ》を無《む》二の親友《しんいう》と思《おも》ひ、互《たが》ひに喜憂《きいう》を分《わか》つつもりでゐるので、今日《けふ》も吉報《きつぽう》を傳《つた》へに來《き》たのだ。
「そりや結構《けつかう》だ」と、健次《けんじ》は口先《くちさき》では云《い》つたが、心《こゝろ》ではこの魁偉《くわいゝ》なる人間《にんげん》が、信州《しんしう》訛《なまり》の拔《ぬ》けぬ頭《あたま》の眞中《まんなか》の禿《は》げた老母《らうぼ》と、頰《ほゝ》の赤《あか》いよく肥《ふと》つた妻君《さいくん》のために、年中《ねんぢう》專念《せんねん》一|意《い》脇目《わきめ》も振《ふ》らず稼《かせ》いでゐる樣《さま》を憐憫《みじめ》に感《かん》じた。
「僕《ぼく》も二三|年《ねん》踠《あが》き通《とほ》しだつたが、これからは少《すこ》しは樂《らく》になるだらう、隨分《ずゐぶん》君《きみ》にも迷惑《めいわく》を掛《か》けたがね、もう大丈夫《だいじやうぶ》だ。節儉《せつけん》すりや月末《つきずゑ》の拂《はら》ひに困《こま》ることはない、何《なに》しろ學校《がくかう》の月給《げつきふ》は三十|圓《ゑん》だから遣切《やりき》れなかつたが、辭書《じしよ》からは六十|圓《ゑん》づゝ吳《く》れるんだよ、丁度《てうど》倍《ばい》だからね、それに内職《ないしよく》に飜譯《ほんやく》を續《つゞ》けてやつてけば、小使錢《こづかひせん》は取《と》れるし」と、織田《おだ》は自分《じぶん》の現狀《げんじやう》を想《おも》つて悅《うれ》しくてならぬ風《ふう》だ。で、尙《なほ》世帶話《しよたいばなし》を續《つゞ》けて、「家賃《やちん》は收入《しうにふ》の五|分《ぶん》の一を超過《てうくわ》してはならぬ」とか、「消費《せうひ》組合《くみあひ》に入《はい》れば幾《いく》ら宛《づゝ》經濟《けいざい》になる」とか。終《しまひ》には將來《しやうらい》の家計《かけい》の豫算《よさん》計畫《けいくわく》を細《こま》かく說《と》き出《だ》した。
妹共《いもとども》はもう寢《ね》たのか、家《うち》の内《うち》は靜《しづ》かだが、隣家《となり》から赤兒《あかご》の泣聲《なきごゑ》が洩《も》れ聞《きこ》え、柿《かき》の葉《は》もカサ〳〵と音《おと》を立《た》てゝゐる。健次《けんじ》は火箸《ひばし》で炭籠《すみかご》を引寄《ひきよ》せどつさり添炭《そへすみ》した。最早《もはや》酒《さけ》の氣《け》もなくなつて寒《さむ》い。せめて織田《おだ》が何時《いつ》ものやうに苦痛《くつう》を訴《うつた》へるのなら、聞《き》いても多少《たせう》張合《はりあひ》もあるが、大得意《だいとくい》で生活《せいくわつ》の勝利《しやうり》を談《だん》ずるのだから健次《けんじ》は聞《き》いてゐても眠《ねむ》くなるばかり、
「それでね、父《ちゝ》の病氣《びやうき》がどうかなり次第《しだい》、もつといゝ家《うち》へ轉宅《てんたく》して新《あたら》しい生活《せいくわつ》を初《はじ》めるつもりだ、それについて妹《いもと》だけ持《も》て餘《あま》し者《もの》だが、あれに對《たい》する責任《せきにん》さへ免《まぬか》れりや、僕《ぼく》の重荷《おもに》は卸《お》りてしまうんだよ」と、織田《おだ》は抑揚《よくやう》緩急《くわんきふ》のない調子《てうし》で云《い》つて相手《あひて》の顏《かほ》を見《み》て答《こたへ》を促《うなが》した。
健次《けんじ》は五月蠅《うるさ》い奴《やつ》だと思《おも》つて、何《なに》か云《い》はうとした所《ところ》へ、母《はゝ》が茶盆《ちやぼん》と菓子皿《くわしざら》を持《も》つて來《き》た。「今《いま》織田《おだ》さんに頂《いたゞ》いたんだよ」と、母《はゝ》は茶《ちや》を注《つ》いで、中腰《ちうごし》で二つ三つ世間《せけん》話《ばなし》をして行《い》つた。皿《さら》にはチヨコレート、クリームが黃《きいろ》い紙《かみ》に包《つゝ》まれて並《なら》んでゐる。健次《けんじ》はそれを手《て》に取《と》つて、端《はじ》を前齒《まへば》で嚙《か》んだが、厭《いや》な顏《かほ》をして、喰餘《くひあま》しを机《つくゑ》の端《はじ》へ置《お》き、
「もう君《きみ》、緣談《えんだん》は止《よ》さうぢやないか、僕《ぼく》はもう聞《き》きたくない」と、命令的《めいれいてき》に云《い》ふ。織田《おだ》は壓《をさ》へ付《つ》けられて暫《しば》らく默《だま》つてゐた。
「だが、君《きみ》の爲《ため》にも結婚《けつこん》する方《はう》がいゝと思《おも》ふ、今《いま》も母堂《マザー》に話《はな》すと母堂《マザー》も賛成《さんせい》して、さうなると結構《けつかう》だと云《い》つてる、それに何《なん》だよ」と、四圍《あたり》を憚《はゞか》つて聲《こゑ》を低《ひく》くし、「君《きみ》のシスターについても僕《ぼく》は考《かんが》へてる、今度《こんど》の事《こと》は四五|日《にち》前《まへ》に鶴《つる》にもよく話《はな》したんだがね、その時《とき》彼女《あれ》に聞《き》くと、お千代《ちよ》さんは箕浦《みのうら》を思《おも》つてるんださうだ、それだと丁度《てうど》いゝぢやないか、シスターを箕浦《みのうら》へやつちまつては、何《なん》なら僕《ぼく》が周旋《しうせん》する。」
「だつて君《きみ》は箕浦《みのうら》は嫌《きら》ひだと云《い》つてたぢやないか」
「しかし君《きみ》のシスターが好《す》いてりや仕方《しかた》がないさ、君《きみ》も早《はや》く妹《いもと》を片付《かたづ》けて、定《きま》りをつけて、活動《くわつどう》し玉《たま》へ、君《きみ》は我々《われ〳〵》とは異《ちが》つて才《さい》があるんだから幾《いく》らでも發展《はつてん》出來《でき》る」
「うまく煽動《おだて》るね、煽動《おだて》たつて駄目《だめ》だよ、僕《ぼく》に發展《はつてん》の道《みち》がある位《くらゐ》なら、君等《きみら》に云《い》はれなくても疾《とつ》くに發展《はつてん》してる」と、健次《けんじ》は肱枕《ひぢまくら》で橫《よこ》になつた。
「箕浦《みのうら》の自惚家《うぬぼれや》でも君《きみ》にや感心《かんしん》してるよ、二三|日前《にちまへ》にも見舞《みま》ひだつてやつて來《き》て、何時《いつ》か君《きみ》は異彩《ゐさい》を放《はな》つだらうと云《い》つてた、實《じつ》はその時《とき》妹《いもと》を君《きみ》におつ付《つ》けたいと彼男《あれ》にも明《あか》したのだ」
「箕浦《みのうら》は何《なん》と云《い》つてた」
「彼男《あれ》かね」と、織田《おだ》は云《い》ひかけて躊躇《ちうちよ》して、「別《べつ》に何《なに》も云《い》やしない、丁度《てうど》いゝだらうと云《い》つてた」
「さうでもなからう、しかし君《きみ》は色《いろ》んな事《こと》をするね、千代《ちよ》にも何《なに》か話《はな》したね」
「いや碌《ろく》に話《はな》しもしないが、妻《さい》や妹《いもと》を通《とほ》して多少《たせう》聞《き》いたことはある」
「そうか、彼女《あいつ》が此間《こなひだ》、君《きみ》の家《うち》から歸《かへ》ると、僕《ぼく》に向《むか》つて頻《しき》りに結婚《けつこん》を勸《すゝ》めるから、變《へん》だなと思《おも》つたが今《いま》分《わか》つた、彼女《あいつ》も歲《とし》が歲《とし》だけに生意氣《なまいき》な事《こと》を考《かんが》へてやがらあ」と、舌打《したうち》して起上《おきあが》つた、健次《けんじ》は腹《はら》の中《うち》で、「妹《いもと》は箕浦《みのうら》に對《たい》する競爭者《けうさうしや》のお鶴《つる》を自分《じぶん》に當《あて》がつて、箕浦《みのうら》を一人《ひとり》占《じ》めにしやうと思《おも》つてるんだらう」と、妹《いもと》の腹《はら》の底《そこ》まで小憎《こにくらし》く感《かん》じた。あんな男《をとこ》を珍重《ちんてう》して戀《こひ》とか何《なん》とか云《い》つてるのを蟲唾《むしづ》の出《で》る程《ほど》厭《いや》に感《かん》じた。
織田《おだ》は健次《けんじ》の目付《めつき》の銳《するど》くなるを見《み》て、「何《なに》を考《かんが》へてるんだ」と聞《き》く。
「君《きみ》も餘計《よけい》な世話《せわ》を燒《や》くね、自分《じぶん》の事《こと》だけで飽《あ》き足《た》らなくて」
「餘計《よけい》な世話《せわ》ぢやない、友情《いうじやう》から考《かんが》へたんだ、一|家《か》の幸福《しあはせ》のために僕《ぼく》の云《い》つた通《とほ》りにし玉《たま》へ、どうせ通《とほ》る道《みち》なら早《はや》く通《とほ》つた方《はう》がいゝぢやないか」
「いゝ仕事《しごと》に有付《ありつ》いたと思《おも》つて馬鹿《ばか》に大家《たいか》めいた事《こと》を云《い》ふね、しかし僕《ぼく》は君《きみ》や箕浦《みのうら》とは異《ちが》つて何處《どこ》へ行《い》くんか方角《はうがく》が取《と》れんから仕方《しかた》ないさ、」
「ぢや僕《ぼく》の說《せつ》は用《もち》ひないんか、それで君《きみ》はどうするんだい、責任《せきにん》の重《おも》い身體《からだ》で」
「さあどうするかね」と、他人事《ひとごと》のやうに云《い》つたが、急《きふ》に鬱陶《うつとう》しい色《いろ》を呈《てい》した。
「君《きみ》は學生《がくせい》時代《じだい》と同《おな》じやうな氣《き》でゐるが、よく家族《かぞく》の事《こと》を思《おも》はんで浮々《うか〳〵》してられるね、目《め》の前《まへ》に君《きみ》の責任《せきにん》がころがつてるぢやないか」と織田《おだ》は眞面目《まじめ》な口調《くてう》を止《や》めぬ。
「だから僕《ぼく》は家《うち》が厭《いや》だよ」と、健次《けんじ》は又《また》橫《よこ》になつて目《め》を閉《と》ぢて、「君《きみ》とも長《なが》い間《あひだ》交際《つきあつ》てるが、福音《ふくゐん》も聞《き》かせて吳《く》れんね、」と、云《い》つたきり、口《くち》を利《き》かなくなつた。
で、織田《おだ》が母《はゝ》と話《はな》して歸《かへ》つた後《のち》、健次《けんじ》は冷《つめ》たい蒲團《ふとん》の中《なか》へもぐり込《こ》んで、「彼奴《あいつ》も馬鹿《ばか》野郎《やらう》だ」と呟《つぶや》いた。しかしこれは他人《たにん》の間《なか》で氣㷔《きえん》を吐《は》いてる時《とき》に叫《さけ》ぶとは異《ことな》つて、滅入《めい》つた絕望《ぜつばう》の聲《こゑ》だ。

(十二)

翌日《よくじつ》は妹《いもと》娘《むすめ》寵愛《てうあい》の子猫《こねこ》が、晚餐《ばんさん》の總菜用《さうざいよう》の魚《うを》を啣《くは》へて緣《えん》の下《した》へ逃《に》げ込《こ》んだので、一|家《か》は大騷《おほさわ》ぎ。父《ちゝ》は褞袍《どてら》を着《き》たまゝ寢室《ねま》を出《で》て來《く》る。母《はゝ》は靑筋《あをすじ》立《たて》ゝ怒鳴《どな》り立《た》てる。暫《しば》らくして何《なに》食《く》はぬ顏《かほ》の猫《ねこ》は鈴《すゞ》を鳴《な》らして長火鉢《ながひばち》の側《そば》へ歸《かへ》り、目《め》を細《ほそ》くして口《くち》べた[#「べた」に傍点]を甜《な》めずつてゐると、皆《み》んなに頭《あたま》を打《ぶ》たれた。母《はゝ》の愚痴《ぐち》が靜《しづ》まると、家族《かぞく》は煮豆《にまめ》で晚餐《ばんめし》を食《く》つた。
健次《けんじ》はかねて賴《たの》んで置《お》いた或《ある》社員《しやゐん》の知《しら》せで、日暮《ひぐれ》前《まへ》に月島《つきしま》の或《ある》下宿屋《げしゆくや》の空間《あきま》を檢分《けんぶん》した。廊下《らうか》に立《た》つと、安房《あは》上總《かづさ》の山々《やま〳〵》が夢《ゆめ》のやうに、ぼんやり[#「ぼんやり」に傍点]水煙《みづけむり》の向《むか》うに浮《うか》び、强《つよ》い風《かぜ》が絕《た》え間《ま》なく寄《よ》せて來《く》る。隣室《となり》の話聲《はなしごゑ》も風《かぜ》に浚《さら》はれ波《なみ》の音《おと》に沒《ぼつ》して聞《きこ》えぬ。彼《か》れは幼《をさな》い頃《ころ》讚岐《さぬき》の濱《はま》で恣《ほしひ》まゝに鹽風《しほかぜ》を浴《あ》びて遊《あそ》んだことを朧氣《おぼろげ》に思《おも》ひ出《だ》した。その瞬間《しゆんかん》「新生涯《しんしやうがい》を此處《こゝ》で始《はじ》める、根岸《ねぎし》の古屋《ふるや》を去《さ》つて腹《はら》一|杯《ぱい》鹽氣《しほけ》を吸《す》はう」と决《けつ》し、二三|日《にち》中《うち》に返事《へんじ》をすると約束《やくそく》した。で、家《うち》へ歸《かへ》ると、母《はゝ》や妹《いもと》に聞《きか》された一|日《にち》中《ぢう》の大事件《だいじけん》は猫《ねこ》と魚《うを》の話《はなし》であつた。

(十三)

翌日《よくじつ》桂田《かつらだ》の家《いへ》で晚餐《ばんさん》をかねて小園遊會《せうゑんゆうくわい》が開《ひら》かれ、博士《はかせ》夫妻《ふさい》の親戚《みうち》の靑年《せいねん》男女《なんによ》、箕浦《みのうら》織田《おだ》等《とう》の家族《かぞく》、凡《すべ》て十|數名《すうめい》が招待《せうたい》された。健次《けんじ》もその一|人《にん》だが、生憎《あひにく》編輯《へんしふ》締切《しめきり》の當日《たうじつ》なので、原稿《げんかう》の計算《けいさん》やら雜誌《ざつし》の體裁《ていさい》やらの相談《さうだん》を持掛《もちか》けられ、漸《やうや》く夜店《よみせ》商人《しやうにん》が店《みせ》を出《だ》しかけた時分《じぶん》雜誌社《ざつししや》を出《で》て、生温《なまあたゝ》かい空《から》つ風《かぜ》に曝《さら》され、千|駄木《だぎ》へ向《むか》つた。既《すで》に來濱《らいひん》は揃《そろ》つてるらしく、笑聲《わらひごゑ》も賑《にぎ》やかで、玄關《げんくわん》には奇麗《きれい》な女《をんな》下駄《げた》や、磨《みが》き立《た》てた靴《くつ》が幾《いく》つも並《なら》んでゐる。客間《きやくま》へ通《とほ》されると博士《はかせ》の甥《おひ》に當《あた》る久保田《くぼた》と箕浦《みのうら》とが食卓《しよくたく》を隔《へだ》てゝ博士《はかせ》と向《むか》ひ合《あ》つて、盛《さか》んに話《はなし》をしてゐた。
襖《ふすま》を開《あ》けると三|人《にん》は一|緖《しよ》に頭《あたま》を上《あ》げて健次《けんじ》を見《み》た。床《とこ》の間《ま》には大輪《だいりん》の白菊《しらぎく》を生《い》けてあり、鴨居《かもゐ》には嵐《あらし》の跡《あと》の海波《なみ》を寫《うつ》した新《あたら》しい油繪《あぶらゑ》を揭《かゝ》げてゐる。少尉《せうゐ》の軍服《ぐんぷく》を着《つ》けた久保田《くぼた》の顏《かほ》は赤銅色《しやくどういろ》をして、まだ文明《ぶんめい》に疲《つか》れない太古《たいこ》の活氣《くわつき》に漲《みなぎ》つてゐる。箕浦《みのうら》の靑《あを》い寶石《ほうせき》入《いり》の襟留《ピン》は、その磨《みが》き立《た》てた白《しろ》い顏《かほ》黑《くろ》い眼《まなこ》と相照《あひて》らして光《ひか》つてゐる。
「菅沼《すがぬま》さん暫《しば》らくですね、相變《あひかは》らず元氣《げんき》がいゝつてぢやありませんか」と久保田《くぼた》は快活《くわいくわつ》に笑《わら》つた。
「どう致《いた》して、一寸《ちよつと》見渡《みわた》したところ、元氣《げんき》は貴下《あなた》一|人《にん》で專有《せんいう》してるやうだ」と、健次《けんじ》は久保田《くぼた》の側《そば》に坐《すわ》つた。卓上《たくじやう》にはクユラソーの德利《とくり》が置《お》かれてゐる。
「さあやり玉《たま》へ、貴下《あなた》が來《こ》なくちや、僕《ぼく》の相手《あひて》がない」と、久保田《くぼた》は杯《さかづき》を差《さ》し、「今日《けふ》は散々《さん〴〵》に君《きみ》の噂《うはさ》をしたんですよ、箕浦君《みのうらくん》と叔父《をぢ》とでね、頻《しき》りに貴下《あなた》の攻擊《こうげき》を始《はじ》めるから、僕《ぼく》が一人《ひとり》で辯護《べんご》しましたハツ〳〵〳〵」
「さうですか」と、健次《けんじ》は杯《さかづき》を受《う》けて、箕浦《みのうら》の顏《かほ》を見《み》た。箕浦《みのうら》は少《すこ》し頰《ほゝ》を赤《あか》め、
「僕《ぼく》は攻擊《こうげき》したんぢやないよ」と顏《かほ》を外《そら》して、「久保田《くぼた》さん、今《いま》のお話《はなし》の續《つゞ》きを聞《き》かせて下《くだ》さい、非常《ひじやう》に面白《おもしろ》い、貴下《あなた》の話振《はなしぶ》りがお上手《じやうず》だから、僕《ぼく》には演習《えんしふ》の模樣《もやう》が目《め》に浮《うか》ぶやうです」
「いや、もう止《よ》しませう、それより庭《には》へ行《い》つて、娘子軍《らうしぐん》を襲《おそ》はうぢやありませんか」と、久保田《くぼた》は立《た》ちかゝつた。
「何《なに》を話《はな》したんです、去年《きよねん》は貴下《あなた》の決闘《けつたう》奬勵談《しやうれいだん》を聞《き》かされたが、今年《ことし》はもっと痛快《つうくわい》な新問題《しんもんだい》があるんですか」と、健次《けんじ》が問《と》ふ。
「なあに、僕《ぼく》が大演習《だいえんしふ》に行《い》つたから、今《いま》もその話《はなし》をしたんです。しかし下《くだ》らないさ、演習話《えんしふばなし》なんか。新聞《しんぶん》で見《み》てると面白《おもしろ》さうだが、實際《じつさい》飯事《まゝごと》見《み》たいな者《もの》ですからな、あんな事《こと》をやつたつて、實戰《じつせん》の役《やく》に立《た》ちやしない、先《ま》づ昔《むかし》のお鷹狩《たかゞり》のやうな者《もの》さ」
久保田《くぼた》は緣側《えんがは》を下《お》りて赤鼻緖《あかはなを》の草履《ざうり》を穿《は》き、健次《けんじ》を指招《さしまね》いた。「さあ菅沼《すがぬま》さん被入《いらつ》しやい、貴下《あなた》は我黨《わがたう》の士《し》だから」
「僕《ぼく》は少《すこ》し休《やす》んでから行《ゆ》きます」と、健次《けんじ》は獨《ひと》りでキユラソーを三四|杯《ぱい》傾《かたむ》けた。博士《はかせ》と箕浦《みのうら》とは哲學上《てつがくじやう》の問題《もんだい》を論《ろん》じ出《だ》した。庭《には》には花行燈《はなあんどん》が二つ三つ點《とぼ》され燈火《あかり》の側《そば》では蓄音器《ちくおんき》で喇叭節《らつぱぶし》か何《なに》かゞ聞《き》こえ、草花《くさばな》の間《あひだ》を黑《くろ》い影《かげ》が動《うご》いてゐる。さして廣《ひろ》い庭《には》でもないが、夜目《よめ》には奧深《おくふか》く、一|際《きわ》すぐれた樅《もみ》の木《き》は冴《さ》えた空《そら》を摩《ま》してゐる。
「織田《おだ》は來《き》てゐないか」と、四|方《はう》を見廻《みまは》した揚句《あげく》、箕浦《みのうら》に問《と》うた。
「あゝ仕事《しごと》が忙《いそが》しいと云《い》つて、出《で》て來《こ》ない」
「彼《か》れの妹《いもと》は?」
「來《き》てるよ、君《きみ》の妹《いもと》と一|緒《しよ》に」
「さうか」
蓄音器《ちくおんき》が止《や》むと、久保田《くぼた》の陽氣《やうき》な太《ふと》い聲《こゑ》が庭《には》一|杯《ぱい》に廣《ひろ》がり、やがて小兒等《せうにら》の萬歲《ばんざい》の叫《さけ》びと女共《をんなども》の笑《わら》ひ聲《ごゑ》が聞《きこ》える。
「君《きみ》、彼處《あすこ》へ行《い》かうぢやないか」と、健次《けんじ》は箕浦《みのうら》の躊躇《ちうちよ》するのを無理《むり》に手《て》を執《と》り、庭《には》に連《つ》れ出《だ》した。博士《はかせ》は食卓《しよくたく》に肱《ひぢ》をついたまゝ、二人《ふたり》の後姿《うしろすがた》を見送《みおく》つてゐる。
箕浦《みのうら》は久保田《くぼた》が四五|人《にん》の子供《こども》を相手《あひて》に調練《てうれん》の眞似《まね》をしてるのを見《み》て、步《あゆみ》を止《とゞ》め、「あんな騷《さわ》ぎの中《なか》へ行《い》つても面白《おもしろ》くない、何處《どこ》か外《ほか》を散步《さんぽ》しやうぢやないか、君《きみ》に話《はな》したいこともある」
「さうか」と、健次《けんじ》はどうでもいゝと云《い》つた風《ふう》で、箕浦《みのうら》の後《うしろ》について植込《うゑこ》みに添《そ》うて、人氣《ひとけ》ない方《はう》へ向《むか》つた。丈《たけ》長《なが》きコスモスが風《かぜ》に搖《ゆ》られて、淡《あは》く白《しろ》い花瓣《はなびら》が肩《かた》に觸《ふ》れる。箕浦《みのうら》はその一|輪《りん》を手折《たを》つて、鼻《はな》で嗅《か》いで弄《もてあそ》んだ。
「君《きみ》も此家《こゝ》へ來《き》出《だ》してから、もう五六|年《ねん》になるね」と、健次《けんじ》は突如《だしぬけ》に聞《き》いた。
「うん、君《きみ》が一|番《ばん》の古參《こさん》で、織田《おだ》と僕《ぼく》と、皆《み》んなよく來《き》たものだ」
「しかし君《きみ》や織田《おだ》はこの家《うち》に何《なに》か跡《あと》を殘《のこ》してるが、僕《ぼく》は物《もの》を壞《こは》した丈《だけ》で、何《な》んにも貢献《こうけん》してゐないね、この草花《くさばな》も大抵《たいてい》君《きみ》が種《たね》を卸《おろ》したんぢやないか、客間《きやくま》の油繪《あぶらゑ》だつて君《きみ》が周旋《しうせん》して誰《たれ》とかに書《か》かせたのだし、つまり君《きみ》の盡力《じんりよく》でこの家《うち》もこの庭《には》も大分《だいぶ》色艶《いろつや》がついたが、僕《ぼく》の見《み》た所《ところ》ぢや肝心《かんじん》の先生《せんせい》夫婦《ふうふ》は大分《だいぶ》艶氣《つやけ》がなくなつたね、君《きみ》にやさう思《おも》はれんかい」
「だつて二人《ふたり》とも以前《いぜん》と異《ちが》はんぢやないか、今夜《こんや》は妻君《さいくん》もひどくめか[#「めか」に傍点]して若々《わか〳〵》としてる」
「しかし幾《いく》ら飾《かざ》つてゝも、心《こゝろ》の艶《つや》は失《う》せてる。僕《ぼく》にや二人《ふたり》が奇麗《きれい》なお墓《はか》の中《うち》に埋《うづ》もつてるやうに見《み》える、あれで妻君《さいくん》は獨《ひと》りで藻搔《もが》いてるが、とても拔《ぬ》け出《で》らりやしないよ、君《きみ》なんかにも色《いろ》んなことを云《い》ふだらうが、つまり我々《われ〳〵》の若《わか》い息《いき》を嗅《か》いで、腹《はら》の蟲《むし》を慰《なぐさ》めてるんだ」と、健次《けんじ》は嘲《あざ》けるやうに云《い》つた。
「馬鹿《ばか》な事《こと》を」と、箕浦《みのうら》は淋《さび》しく笑《わら》つて、「先生《せんせい》の家《うち》には何時《いつ》來《き》ても穩《おだ》やかな柔《やは》らかい空氣《くうき》が漂《たゞ》よつてるぢやないか、僕《ぼく》はこんな平穩《へいをん》な生涯《しやうがい》を送《おく》りたいと思《おも》ふ」
「千|駄木《だぎ》の哲人《てつじん》に對《たい》して、麹町《かうじまち》の哲人《てつじん》になるんか、まあそれもいゝが、君《きみ》は此頃《このごろ》は妻君《さいくん》に可愛《かあい》がられてゐないね、去年《きよねん》は箕浦《みのうら》さんでなくちや夜《よ》も日《ひ》も明《あ》けなかつたけれど、もう厭《あ》いてゐるらしい、寵愛《てうあい》が僕《ぼく》に移《うつ》つてる」
「だが、妻君《さいくん》は我々《われ〳〵》の仲間《なかま》にや、誰《た》れに對《たい》しても親切《しんせつ》だよ、先日《こないだ》も織田《おだ》のことを心配《しんぱい》してたから、僕《ぼく》がよく話《はなし》をして置《お》いた」
「そりや妻君《さいくん》も暇《ひま》だから、人《ひと》の世話《せわ》を燒《や》いてるが寵愛《てうあい》は別《べつ》だね、目付《めつ》きが違《ちが》ふ、言葉《ことば》の味《あぢ》が違《ちが》ふ、一人《ひとり》で焦慮《ぢれ》て一人《ひとり》でペスミスチツクになつてるから面白《おもしろ》い、しかし君《きみ》にや分《わか》るまい、一|年間《ねんかん》寵兒《てうぢ》であつた癖《くせ》に」
「そりや君《きみ》が主觀的《しゆくわんてき》に見《み》るからさう見《み》えるんだ、妻君《さいくん》は誰《た》れに對《たい》しても平等《びやうどう》で、何時《いつ》も同《おな》じ調子《てうし》ぢやないか」
「君《きみ》にやさう見《み》えるんだね、ぢやそれでもいゝ」と、健次《けんじ》は無愛相《ぶあいさう》に云《い》つて口《くち》を閉《と》ぢた。蟲《むし》の音《ね》が遠《とほ》く近《ちか》く聞《き》こえる。
「菅沼《すがぬま》さん〳〵」と、久保田《くぼた》の呼《よ》ぶ聲《こゑ》がして、健次《けんじ》は振向《ふりむ》いたが、箕浦《みのうら》は首肯《うつむ》いたまゝ草花《くさばな》の周圍《まはり》を步《あゆ》みながら、
「實《じつ》は過日《こなひだ》から君《きみ》に會《あ》ひたかつたのだ、僕《ぼく》の手紙《てがみ》は見《み》て吳《く》れたらう」
「むん見《み》たよ、用《よう》は何《なん》だつたか、もう忘《わす》れてしまつたが」
「僕《ぼく》は近々《ちか〴〵》に慈善《じぜん》音樂會《おんがくくわい》を企《くはだ》てゝるんだが、君《きみ》も賛成《さんせい》して盡力《じんりよく》して吳《く》れ玉《たま》へな、先生《せんせい》も奧《おく》さんも助力《じよりよく》して吳《く》れる筈《はず》だが、君《きみ》も助《たす》けて吳《く》れ玉《たま》へ」
「音樂會《おんがくゝわい》か、僕《ぼく》にや適任《てきにん》でないが、しかし君《きみ》がやるなら助《たす》けてもいゝ」
「是非《ぜひ》賴《たの》むよ、尙《なほ》詳《くは》しいことは後《あと》で話《はな》すがね、僕《ぼく》はその會《くわい》で自分《じぶん》で新作《しんさく》を朗讀《らうどく》するつもりだ」と云《い》つて、箕浦《みのうら》は聲《こゑ》が沈《しづ》んでゐる。
「此頃《このごろ》は頻《しき》りに朗讀《らうどく》が流行《はや》る」と、健次《けんじ》は獨言《ひとりごと》のやうに云《い》つて「君《きみ》は大論文《だいろんぶん》を書《か》いてるさうだが、まだ出來《でき》ないか」
「あゝ、も少《すこ》しになつて完成《くわんせい》しない、それに此頃《このごろ》はいろんな疑問《ぎもん》が湧《わ》いて來《き》て、思想《しさう》が錯亂《さくらん》していかん」
「何故《なぜ》」
「何故《なぜ》つて、考《かんが》へりや考《かんが》へる程《ほど》、自分《じぶん》の立《た》てた理窟《りくつ》が分《わか》らなくなる、織田《おだ》のやうな單純《たんじゆん》な人間《にんげん》は幸福《しあはせ》だね」
「まあ幸《しあはせ》でも不幸《ふかう》でもいゝさ、僕《ぼく》はもう腹《はら》が減《へ》つて來《き》た、彼方《あつち》へ行《い》つて何《なに》か食《く》はうぢやないか、織田《おだ》の妹《いもと》やマダムにも會《あ》ひたくなつた」と、健次《けんじ》は植込《うゑこみ》の中《なか》を橫切《よこぎ》り、黃《きいろ》い花《はな》、白《しろ》い花《はな》を無慈悲《むじひ》に肱《ひぢ》で散《ち》らした。箕浦《みのうら》は相手《あひて》の顏《かほ》を見《み》て、低《ひく》い聲《こゑ》でわざと平氣《へいき》に、
「君《きみ》は結婚《けつこん》するのか」
「織田《おだ》が頻《しき》りに運動《うんどう》してる、どうなるかね」
「その方《はう》がいゝだらう、定《きま》りがついて」
「何《なに》が定《きま》りがつくもんか、それよりや君《きみ》こそ早《はや》く妻君《さいくん》でも情婦《いろ》でも拵《こしら》へ玉《たま》へな、僕《ぼく》にや女《をんな》て者《もの》あ肉《にく》の塊《かたまり》としてあるから、口先《くちさき》や目《め》つきで慰藉《ゐせき》されたり愛《あい》を濺《そゝ》がれたりする必要《ひつえう》はないが、君《きみ》はさうはいかない。圓滿《ゑんまん》平穩《へいをん》なスヰートホームて奴《やつ》を造《つく》らなくちや、君《きみ》の全身《ぜんしん》が滿足《まんぞく》されまい、僕《ぼく》は君《きみ》の作物《さくぶつ》を讀《よ》む每《ごと》に、凡《すべ》てが妻君《さいくん》を欲《ほつ》する不安《ふあん》の聲《こゑ》を發《はつ》してるやうに感《かん》ずる。織田《おだ》も君《きみ》も僕《ぼく》も學校《がくかう》時代《じだい》に色《いろ》んな夢《ゆめ》を見《み》て、世《よ》の中《なか》へ出《で》ると、皆《みな》失望《しつばう》したり、考《かんが》へも變《かは》つたが、君《きみ》は終始《しゆうし》一|貫《くわん》してる、君《きみ》の沈鬱症《ちんうつしやう》は戀人《こひゞと》の手《て》で電氣《でんき》を掛《か》けて貰《もら》ひさへすれば直《す》ぐ癒《なほ》る。だから早《はや》くさうし玉《たま》へ、織田《おだ》のやうに食《く》ふに困《こま》るんぢやなし」
「君《きみ》は故意《こい》に不眞面目《ふまじめ》なことを云《い》ふ。惡《わる》い癖《くせ》だ」と、箕浦《みのうら》は少《すこ》し顏《かほ》を赤《あか》らめ、「婦人《ふじん》に對《たい》しても、戀愛《れんあい》に關《くわん》しても、もつと眞面目《まじめ》に深《ふか》い意味《いみ》を見《み》なくちやならんよ」
「さうかねえ」と、健次《けんじ》は冷《ひやゝ》かに云《い》つて「併《しか》し僕《ぼく》自身《じゝん》がさう信《しん》ずれば仕方《しかた》がない、人間《にんげん》は寄生蟲《きせいちう》、女《をんな》は肉《にく》の塊《かたまり》、昔《むかし》から聖人《せいじん》がさう云《い》つてる」
「まさかそんな聖人《せいじん》もあるまい、君《きみ》は己《おの》れを欺《あざむ》いて趣味《しゆみ》や情熱《じやうねつ》を蔑視《べつし》してるんだ」
と、空《そら》を仰《あふ》いで、「見玉《みたま》へ、空《そら》は冴《さ》えて、月《つき》も鮮《あざや》かに出《で》かゝつてる、蟲《むし》でも秋《あき》の氣《き》を感《かん》じて鳴《な》いてる」
「ふゝん」と健次《けんじ》は嘲《あざわら》つたが「しかしね、僕等《ぼくら》寄生蟲《きせいちう》にも血《ち》が流《なが》れてるし腦《なう》が働《はたら》くから、餘計《よけい》なことを考《かんが》へていかん、僕《ぼく》の拳《こぶし》にも力《ちから》がある」と、秋風《しうふう》に長《なが》い髮《かみ》を吹《ふ》かせ、思《おも》ひに沈《しづ》んでる箕浦《みのうら》の手《て》を握《にぎ》つて急《いそ》いで步《あゆ》んだ。
月《つき》は木《こ》の間《ま》に洩《も》れて、新《あたら》しい光《ひかり》を緣側《えんがは》に投《な》げてゐる。今迄《いままで》庭《には》で戯《たはむ》れてゐた連中《れんちう》も大方《おほかた》は客間《きやくま》に集《あつ》まり、二つの食卓《しよくたく》の上《うへ》には鮨《すし》や柿《かき》や栗《くり》が盛上《もりあ》げられてゐる。健次《けんじ》は緣側《えんがは》に立《た》つて一|座《ざ》を見渡《みわた》した。片隅《かたすみ》に妻君《さいくん》とお鶴《つる》とお千代《ちよ》とが鼎形《かなゑがた》に坐《すわ》り、鮨《すし》を貪《むさぼ》りながら、何《なに》か話《はな》しては笑《わら》つてゐる。光《ひかり》を正面《まとも》に受《う》けて、妻君《さいくん》の白《しろ》い齒《は》と、紅《くれなゐ》と碧《みどり》の二つの指環《ゆびわ》のちら〳〵動《うご》くのが目《め》を惹《ひ》いた。
「菅沼《すがぬま》さん、此處《こゝ》へ來《き》玉《たま》へ、貴下《あなた》がゐなくちや駄目《だめ》だ」と、久保田《くぼた》が呼《よ》んだ。彼《か》れは顏《かほ》を熟柿《じゆくし》のやうにして、胡坐《あぐら》を搔《か》き、その前《まへ》には博士《はかせ》が三四|歲《さい》の男《をとこ》の子《こ》を抱《かゝ》へて、獨《ひと》り笑壺《ゑつぼ》に入《い》つてゐる。
久保田《くぼた》の聲《こゑ》を聞《き》いて、妻君《さいくん》もお鶴《つる》も箸《はし》を置《お》いて健次《けんじ》を見上《みあ》げた。健次《けんじ》は目禮《もくれい》して
「お鶴《つる》さんにも暫《しば》らくだね」と、柿《かき》の皮《かは》を入《い》れた盆《ぼん》を跨《また》いで、三|人《にん》の側《そば》へ割込《わりこ》む、
「箕浦《みのうら》君《きみ》來玉《きたま》へ、便《つい》でに鮨《すし》でも抓《つま》んで來《き》て吳《く》れ」と、通路《かよひぢ》を塞《ふさ》がれて、ぐず〳〵してる箕浦《みのうら》を指招《さしまね》いた。
「兄《にい》さん、久保田《くぼた》さんが呼《よ》んで被入《いらつ》しやるぢやありませんか、彼處《あすこ》へ被入《いらつ》しやらなくちや惡《わる》いでせう」と、千代《ちよ》は兄《あに》をこの平和《へいわ》な群《むれ》から追出《おひだ》さうとする。
「後《あと》で行《い》くから、お前《まへ》は酒《さけ》でも取《と》つて來《き》て吳《く》れ」
「彼處《あちら》で召上《めしあが》ればいゝに」と、千代《ちよ》は不承《ふしやう》々々《〴〵》に立《た》つて行《い》つた。
お鶴《つる》は片袖《かたそで》を抱《いだ》くやうにして袴《はかま》の上《うへ》に置《お》き、半《なかば》は口《くち》を開《あ》いて、澄《す》ました顏《かほ》で正面《しやうめん》を見《み》てゐたが健次《けんじ》が壓制的《あつせいてき》にその側《そば》へ箕浦《みのうら》を引据《ひきす》ゑると、
「兄《あに》がよろしく」と會釋《ゑしやく》した。
「お鶴《つる》さんも今日《けふ》は淑女《しゆくぢよ》然《ぜん》としてるね、それより箕浦君《みのうらくん》に酌《しやく》をして、うんと飮《の》まして下《くだ》さい、今日《けふ》はこの人《ひと》も憂愁《いうしう》の雲《くも》に鎖《とざ》されてるから」と、健次《けんじ》は妹《いもと》の手《て》から銚子《てうし》を奪《うば》つて、お鶴《つる》の前《まへ》に置《お》き、箕浦《みのうら》の手《て》に盃《さかづき》を持《も》たせ、
「さあ飮《の》み玉《たま》へ、君《きみ》のライフはこれで幸福《しあはせ》になる、君《きみ》の不安《ふあん》の念《ねん》も消《き》えてしまう」
「僕《ぼく》は飮《の》みたくない」と、箕浦《みのうら》は不快《ふくわい》な顏《かほ》をして、盃《さかづき》を下《した》へ置《お》いた。
「飮《の》みたくなくても、僕《ぼく》が勸《すゝ》めるんだから飮《の》んでもいゝだらう」
「菅沼《すがぬま》さんはほんとに壓制的《あつせいてき》ね」と、妻君《さいくん》は眉《まゆ》を顰《ひそ》めて、口元《くちもと》で笑《わら》つた。
「ぢや仕方《しかた》がない、僕《ぼく》が飮《の》まう、さあ注《つ》いで下《くだ》さい」
お鶴《つる》は伸《の》び上《あが》つて、不格好《ぶかくかう》な手付《てつき》で二三|度《ど》酌《しやく》をした。
「兄《にい》さん、あまり召上《めしあが》つちやいけなくつてよ、今夜《こんや》ね、お父《とつ》さんが話《はな》したいことがあるから、早《はや》く連《つ》れて歸《かへ》つて吳《く》れつて、私《わたし》云《い》ひつかつたのよ」と、千代《ちよ》は兄《あに》の顏《かほ》をのぞき込《こ》んで小聲《こゞゑ》で云《い》つた。
健次《けんじ》はそれには答《こた》へず、盃《さかづき》に嚙《かじ》りついてガブ呑《のみ》を續《つゞ》けてゐた。一|座《ざ》は皆《みな》食《く》つたり飮《の》んだりして腹《はら》を脹《ふく》らせ顏《かほ》を赤《あか》らめ、次第《しだい》に賑《にぎ》やかになる。久保田《くぼた》の蠻音《ばんおん》はますます高《たか》く、女共《をんなども》の笑聲《わらひごゑ》を壓倒《あつたう》して響《ひゞ》いてゐた。すると幹事役《かんじやく》の書生《しよせい》が閾《しきひ》の外《そと》に立《た》ち、羽織《はおり》の紐《ひも》をひねくつて餘興《よきよう》の報告《はうこく》をした。
第《だい》一、菅沼《すがぬま》令孃《れいじやう》と織田《おだ》令孃《れいじやう》の英語《えいご》朗讀《らうどく》。來客《らいきやく》は座《ざ》を改《あらた》めて拍手《はくしゆ》した。健次《けんじ》はそれと見《み》るや直《たゞ》ちに小皿《こざら》に盛《も》つた鮨《すし》を持《も》つて、書生《しよせい》部屋《べや》へ逃《に》げ込《こ》み、肱枕《ひぢまくら》で橫《よこ》になり、手掴《てつか》みで食《く》ひながら、室《しつ》を見廻《みまは》してゐた。笠《かさ》なしの小洋燈《ランプ》の光《ひかり》が細《ほそ》く照《て》らし、片隅《かたすみ》には小《ちい》さい本箱《ほんばこ》と赤毛布《あかけつと》でくるんだ夜具《やぐ》があるのみで、裝飾《そうしよく》は外《ほか》に何《な》んにもないが、只《たゞ》机《つくゑ》の側《そば》の壁《かべ》に新聞《しんぶん》附錄《ふろく》と思《おも》はれる美人《びじん》の石版摺《せきばんずり》が張《は》りつけられてある。朝夕《あさゆふ》その持主《もちぬし》の無聊《ぶれう》を慰《なぐさ》めてゐるのであらう。
健次《けんじ》は酒氣《しゆき》を發《はつ》して、うと〳〵してゐた。客間《きやくま》では拍手《はくしゆ》相《あひ》ついで、尺《しやく》八の音《ね》が消《き》えるとピアノの音《ね》が聞《きこ》える。
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