刺靑 - 7
(師光《もろみつ》)わが君《きみ》、これを如何《どう》なされるのでござります。
(信西《しんぜい》)星《ほし》の見《み》えない處《ところ》へ身《み》を隱《かく》すのぢや。此《こ》の杉《すぎ》の木蔭《こかげ》に穴《あな》を掘《ほ》つて、土《つち》の中《なか》に身《み》を埋《うづ》め、竹《たけ》の節《ふし》で氣息《いき》を通《かよ》はせれば、生《い》きて居《ゐ》られるであらう。あの星《ほし》の光《ひかり》が消《き》えるまで、わしはさうして生《い》きながらへ、運命《うんめい》の力《ちから》に克《か》つて見《み》せるのぢや。………時《とき》のたたないうちに、早《はや》く其處《そこ》を堀《ほ》つてくれい。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
郞黨等《らうだうら》、杉《すぎ》の木蔭《こかげ》を穿《うが》ち、穴《あな》の中《なか》を板《いた》にてかこひ、後《うしろ》の竹藪《たけやぶ》から竹《たけ》の幹《みき》を切《き》つて來《く》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(師光《もろみつ》)仰《おほ》せの通《とほ》りにしつらへました。
(信西《しんぜい》)いろいろと大儀《たいぎ》であつたなう。お前逹《まへたち》の心《こゝろ》づくしは、死《し》ぬるまで過分《くわぶん》に思《おも》うて忘《わす》れぬであらう。それでは、わしは此《こ》の穴《あな》に身《み》を埋《うづ》めて、世《よ》の中《なか》の靜《しづ》まるのを待《ま》つとしよう。再《ふたゝ》び日《ひ》の目《め》が見《み》られたらば、お前逹《まへたち》にも厚《あつ》く禮《れい》をするつもりぢや。お前逹《まへたち》も人目《ひとめ》にかからぬうち、早《はや》く此處《こゝ》を立《た》ち退《の》いて、何處《いづこ》の山里《やまざと》へなりと身《み》を落《お》ち着《つ》けたがよい。もしまたわしの體《からだ》に萬一《まんいち》の事《こと》があつたなら、京都《みやこ》に殘《のこ》して置《お》いた妻子共《つまこども》の面倒《めんだう》を見《み》てやつてくれるやうに、くれぐれも賴《たの》んで置《お》くぞ。
(師淸《もろきよ》)仰《おほ》せまでもないことでござります。我《わ》が君《きみ》にもどのやうな事《こと》があらうとも、命《いのち》の綱《つな》をしつかと摑《つか》むで放《はな》さぬやうになされませい。
(師光《もろみつ》)君《きみ》にお願《ねが》ひがござります。忌《い》まはしいことながら、萬々一《まん/\いち》、これが長《なが》いお別《わか》れとならぬとも限《かぎ》りませぬ。何卒《なにとぞ》其《そ》の時《とき》は世《よ》の物笑《ものわらひ》とならぬやう、天晴《あつぱ》れの御最後《ごさいご》をお願《ねが》ひ申《まを》して置《お》きます。また其《そ》の時《とき》に私共《わたくしども》が亡《な》き後《あと》の君《きみ》の御囘向《ごゑかう》を葬《とぶら》ふことが出來《でき》ますやうに、唯今《たゞいま》此《こ》の場《ば》で髻《もとゞり》を切《き》りたう存《ぞん》じます。師淸《もろきよ》も、成景《なりかげ》も、淸實《きよざね》も、別《べつ》に異存《いぞん》はなからうな。
(師淸《もろきよ》、成景《なりかげ》、淸實《きよざね》)決《けつ》して異存《いぞん》はない。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
四人《よにん》、一度《いちど》に髻《もとゞり》を切《き》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(師光《もろみつ》)かうなつた上《うへ》は、われわれ四人《よにん》に、何卒《なにとぞ》法名《はふみやう》をお授《さづ》け下《くだ》さいまし。
(信西《しんぜい》)うむ、ようこそ申《まを》してくれた。――師光《もろみつ》………
(師光《もろみつ》)はい。
(信西《しんぜい》)信西《しんぜい》の一字《いちじ》を取《と》つて、お前《まへ》の法名《はふみやう》は西光《さいくわう》と稱《とな》へるがよい。
(師光《もろみつ》)忝《かたじけ》なう存《ぞん》じます。
(信西《しんぜい》)師淸《もろきよ》、お前《まへ》の法名《はふみやう》は西淸《さいせい》。
(師淸《もろきよ》)はい。
(信西《しんぜい》)成景《なりかげ》は西景《さいけい》、淸實《きよざね》は西實《さいじつ》と稱《とな》へるがよい。
(師淸《もろきよ》、成景《なりかげ》、淸實《きよざね》)忝《かたじけ》なう存《ぞん》じます。
(師光《もろみつ》)いつまで居《ゐ》てもお名殘《なごり》は盡《つ》きませぬ、それではこれで一同《いちどう》お暇《いとま》を願《ねが》ひます。
(信西《しんぜい》)うむ、(と云《い》ひつつ、つかつかと穴《あな》の端《はた》に進《すゝ》み、そこに彳《たゝず》みて無言《むごん》の儘《まゝ》暫《しばら》く空《そら》の星《ほし》を凝視《ぎようし》し、力《ちから》なげにうなだれる………)星《ほし》はまだ光《ひか》つて居《ゐ》る。………わしは此《こ》の穴《あな》の中《なか》で、息氣《いき》のつづく限《かぎ》り念佛《ねんぶつ》を稱《とな》へて居《ゐ》よう。………
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
信西《しんぜい》穴《あな》の中《なか》に入《い》る。郞黨等《らうだうら》、竹《たけ》の幹《みき》の一端《いつたん》を土中《どちゆう》に入《い》れ、一端《いつたん》を地上《ちじやう》に露出《ろしゆつ》せしめ、穴《あな》の上《うへ》を板《いた》にて蔽《おほ》ひ塞《ふさ》ぎ、更《さら》に其《そ》の上《うへ》へ土《つち》を盛《も》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(師光)それではお暇《いとま》を申《まを》します。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
郞黨《らうだう》四|人《にん》、穴《あな》の中《なか》に向《むか》ひて叩頭《こうとう》す。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(信西《しんぜい》の聲《こゑ》)(穴《あな》の中《なか》より、)師光《もろみつ》、師光《もろみつ》。
(師光《もろみつ》)はい。(這《は》ひ寄《よ》りて、竹《たけ》の端《はし》に耳《みゝ》をつける。)
(信西《しんぜい》の聲《こゑ》)星《ほし》はまだ光《ひか》つて居《を》るか。
(師光《もろみつ》)はい、未《いまだ》に光《ひかり》は衰《おとろ》へませぬ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
四人《よにん》、立《た》ち上《あが》りて下手《しもて》へ歩《あゆ》み行《ゆ》く。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(淸實《きよざね》)いまだに討手《うつて》は來《こ》ないやうだ。己《おれ》はどうも君《きみ》の仰《おつ》しやつた事《こと》が、ほんたうとは思《おも》はれない。
(成景《なりかげ》)己《おれ》も半信半疑《はんしんはんぎ》で居《ゐ》る。
(師淸《もろきよ》)もしも仰《おつ》しやつた事《こと》が中《あた》らないとすれば、こんな騷《さわ》ぎをしたのは馬鹿々々《ばか/\》しい。師光《もろみつ》、お前《まへ》は何《なん》でまた髻《もとゞり》を切《き》るの、長《なが》のお別《わか》れだのと、不吉《ふきつ》なことを云《い》ひ出《だ》したのだ。
(師光《もろみつ》)己《おれ》の觀《み》た處《ところ》では、君《きみ》のお命《いのち》はもうないものにきまつて居《ゐ》るのだ。たとへ世《よ》の中《なか》が亂《みだ》れようが亂《みだ》れまいが、人間《にんげん》があんなことを考《かんが》へたり、喋《しやべ》つたりすると云《い》ふのは、もう直《ぢ》き死《し》ぬる前兆《ぜんてう》にきまつて居《ゐ》るものだ。
(成景《なりかげ》)いやな事《こと》を云《い》ふではないか。
(師光《もろみつ》)いやな事《こと》でも、其《そ》れは本當《ほんたう》の事《こと》だ。
(淸實《きよざね》)さうして見《み》ると、事《こと》に依《よ》つたら、本當《ほんたう》に世《よ》の中《なか》が亂《みだ》れ出《だ》したのかも知《し》れない。今《いま》まで君《きみ》の仰《おつ》しやつたことで、中《あた》らないかつたことはなかつたからなう。
(師淸《もろきよ》)さうだとすると、こんな處《ところ》にぐづぐづしては居《ゐ》られない。早《はや》く何處《どこ》かへ落《お》ちのびよう。
(成景《なりかげ》)しかし己《おれ》はどうしてもまだ半信半疑《はんしんはんぎ》だ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
四人《よにん》下手《しもて》へ退場《たいぢやう》。山中《さんちゆう》に隻影《せきえい》なく、月光《げつくわう》霜《しも》の如《ごと》くに地上《ちじやう》を照《て》らして寂寞《せきばく》として居《ゐ》る。唯《たゞ》信西《しんぜい》の穴《あな》の中《なか》にて唱《とな》ふる不斷《ふだん》の念佛《ねんぶつ》の聲《こゑ》、南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》、南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》と微《かすか》に聞《きこ》ゆ。
暫《しばら》くして、上手《かみて》、下手《しもて》、後《うしろ》の竹藪《たけやぶ》などの處々《ところ/″\》より、甲冑《かつちう》に身《み》を固《かた》めたる兵士《へいし》五六|人《にん》、手《て》に手《て》に炬松《たいまつ》を持《も》ちて、一人《ひとり》又《また》は二人《ふたり》づつ現《あらは》れる。出雲前司光泰《いづものぜんじみつやす》が、郞黨《らうだう》を率《ひき》ゐて出《で》て來《き》たのである。兵士等《へいしら》、盜賊《たうぞく》の如《ごと》く足音《あしおと》をしのばせ、互《たがひ》に耳《みゝ》うちをして、ひそひそと囁《さゝや》き合《あ》ふ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(光泰《みつやす》)人聲《ひとごゑ》の聞《きこ》えたのは、たしかに此《こ》の邊《へん》であつたらしいが。………
(郞黨《らうだう》の一)はい、此《こ》の邊《へん》でござりました。まだ聞《きこ》えて居《を》るやうでござります。
(郞黨《らうだう》の二)あの聲《こゑ》は、何《なに》を喋《しやべ》つて居《ゐ》るのだらう。
(郞黨《らうだう》の三)あれは念佛《ねんぶつ》を唱《とな》へて居《ゐ》るらしい。
(光泰《みつやす》)あの藪《やぶ》の中《なか》ではないか。
(郞黨《らうだう》の四)藪《やぶ》の中《なか》はすつかり搜《さが》して見《み》ましたが、何《なに》も居《を》りませぬ。
(郞黨《らうだう》の五)可笑《をか》しいな。
(郞黨《らうだう》の六)可笑《をか》しいな。
(郞黨《らうだう》の一)まるで地《ち》の底《そこ》から聞《きこ》えるやうだな。
(郞黨《らうだう》の二)さうだ、これは不思議《ふしぎ》だ。己逹《おれたち》の足《あし》の下《した》で聲《こゑ》がするのだ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
兵士等《へいしら》頻《しきり》に耳《みゝ》をかしげ、地面《ぢめん》を眺《なが》めつつ杉《すぎ》の木蔭《こかげ》に集《あつま》る。念佛《ねんぶつ》の音《おと》ハツタリ止《や》む。光泰《みつやす》、竹《たけ》の先《さき》を指《ゆびさ》し示《しめ》し、目《め》くばせにて掘《ほ》れと命《めい》ず。兵士等《へいしら》心得《こゝろえ》て忽《たちま》ち穴《あな》を發《あば》く。信西《しんぜい》、自《みづか》ら懷劍《くわいけん》を脇腹《わきばら》につき立《た》てたれど未《いま》だ死《し》に切《き》れず、滿身《まんしん》鮮血《せんけつ》に染《そ》み、肩息《かたいき》になりて摑《つか》み出《いだ》さる。兵士等《へいしら》炬松《たいまつ》を信西《しんぜい》の面上《めんじやう》に打《う》ち振《ふ》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(光泰《みつやす》)己《おれ》は信西《しんぜい》法師《ほふし》の顏《かほ》を知《し》らぬが、誰《だれ》か知《し》つた者《もの》はないか。
(郞黨《らうだう》の一)誰《だれ》も存《ぞん》じませぬ。
(光泰《みつやす》)しかし、此《こ》の坊主《ばうず》が信西《しんぜい》に相違《さうゐ》あるまい。
(郞黨《らうだう》の二)まだ氣息《いき》があるやうでございます。訊《たづ》ねたら返辭《へんじ》をするかも知《し》れませぬ。
(光泰《みつやす》)(信西《しんぜい》の顏《かほ》を凝視《ぎようし》して、)こら、お前《まへ》は信西《しんぜい》法師《ほふし》であらうな。右衞門督殿《うゑもんのかみどの》の命《めい》をうけて、出雲前司光泰《いづものぜんじみつやす》がお前《まへ》を召《め》し捕《と》りに來《き》たのだぞ。お前《まへ》は世間《せけん》の評判《ひやうばん》にも似合《にあ》はぬたわけた憶病者《おくびやうもの》だな、命《いのち》が惜《を》しさに、穴《あな》の中《なか》に埋《うづ》まつて居《ゐ》るとは、何《なん》と云《い》ふ卑怯《ひけふ》な奴《やつ》だ。
(信西《しんぜい》)(光泰《みつやす》の言葉《ことば》を解《かい》せざるものの如《ごと》く、眼瞼《まぶた》をはためかせて囈語《げいご》のやうに、)星《ほし》はまだ光《ひか》つて居《を》るか。………
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
光泰《みつやす》心付《こゝろづ》きてふと天《そら》を見《み》る。夜《よる》ほのぼのとあけかかりて、白《しら》み初《そ》めたる空《そら》に明星《みやうじやう》明滅《めいめつ》す。遠《とほ》き山里《やまざと》に鷄鳴《けいめい》を聞《き》き、冬《ふゆ》の佛曉《ふつげう》の覺束《おぼつか》なき薄明《うすあかり》のうちに幕《まく》を垂《た》れる。
[#ここで字下げ終わり]
┃刺《し》 靑《せい》 ………………………一―一六
刺┃麒《き》 麟《りん》 ………………………一―四二
靑┃少《せう》 年《ねん》………………………一―一○二
目┃幇《ほう》 間《かん》………………………一―五二
次┃祕《ひ》 密《みつ》 ………………………一―六○
┃象《ざう》 ………………………一―四八
信《しん》 西《ぜい》………………………一―四○
明治四十四年十二月五日印刷
明治四十四年十二月十日發行
定價金壹圓
著作者 谷崎潤一郞
東京市京橋區築地二丁目十五番地
發行者 籾山仁三郞
東京市麹町區飯田町五丁目十三番地
印刷者 小松周助
東京市芝區愛宕町三丁目二番地
印刷所 東洋印刷株式會社
發行所
東京市京橋區築地二丁目十五番地
京都市上京區麩屋町丸太町通下ル
籾山書店
振替貯金 東京二四一七番
大阪一三八六番
Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)
刺靑
原文 軌《きし》み(p. 3)
訂正 軋《きし》み
原文 なよやなか體(p. 14)
訂正 なよやかな體
原文 血死期(p. 7)
訂正 知死期
麒麟
原文 小鳥《こどり》(p. 13)
訂正 小鳥《ことり》
原文 あの男《をとこ》の項《うなじ》に(p. 14)
訂正 あの男《をとこ》の項《うなじ》は
原文 驚《おどろ》きの眼《め》の(p. 14)
訂正 驚《おどろ》きの眼《め》を
原文 立派は相貌(p. 15)
訂正 立派な相貌
原文 先生《せんせん》(p. 18)
訂正 先生《せんせい》
原文 久《さ》しく(p. 24)
訂正 久《ひさ》しく
原文 相閱《あひせめ》いで居《ゐ》た(p. 27)
訂正 相鬩《あひせめ》いで居《ゐ》た
原文 逆《さから》ふことが出來《ていき》なかつた。(p. 28)
訂正 逆《さから》ふことが出來《でき》なかつた。
原文 步搖《ぶえう》(p. 28)
訂正 步搖《ほえう》
原文 笄《かうがひ》(p. 29)
訂正 笄《かうがい》
原文 知《し》つて思《ゐ》るが(p. 31)
訂正 知《し》つて居《ゐ》るが
原文 凝《こ》つたものでつた(p. 33)
訂正 凝《こ》つたものであつた
原文 頭《かしら》を以《も》て(p. 34)
訂正 頭《かしら》を以《もつ》て
原文 體《からだ》を括《くゝ》りを(p. 35)
訂正 體《からだ》の括《くゝ》りを
原文 かく云《い》ひ終《おは》るや。(p. 36)
訂正 かく云《い》ひ終《おは》るや、
原文 潛《ひそ》むて居《ゐ》た(p. 39)
訂正 潛《ひそ》むで居《ゐ》た
原文 お前《まへ》を惜《にく》むで(p. 41)
訂正 お前《まへ》を憎《にく》むで
少年
原文 水《みつ》(p. 11)
訂正 水《みづ》
原文 如める(p. 30)
訂正 始める
原文 栲問(p. 31)
訂正 拷問
原文 血死期(p. 37)
訂正 知死期
原文 腎端折《しりぱしよ》り(p. 51)
訂正 臀端折《しりぱしよ》り
原文 堪《たま》らねやうに(p. 53)
訂正 堪《たま》らぬやうに
原文 喞《ふく》んでは(p. 56)
訂正 啣《ふく》んでは
原文 夢中《むちやう》になつて(p. 73)
訂正 夢中《むちゆう》になつて
原文 上氣《ぼ》せた(p. 77)
訂正 上氣《のぼ》せた
原文 䡄《きし》んで(p. 80)
訂正 軋《きし》んで
原文 鏗然《けんぜん》(p. 85)
訂正 鏗然《かうぜん》
原文 優長(p. 87)
訂正 悠長
原文 朧朦と(p. 93)
訂正 朦朧と
原文 額の眞中へを(p. 97)
訂正 額の眞中へ
原文 溫飩粉(p. 99)
訂正 饂飩粉
幇間
原文 船頭《せんどう》を頭(p. 7)
訂正 船頭《せんどう》の頭
原文 旦那《だんな》も藝者《げいしや》を(p. 12)
訂正 旦那《だんな》も藝者《げいしや》も
原文 駈《か》け廻《まは》るのですか(p. 12)
訂正 駈《か》け廻《まは》るのですが
原文 芝生《しばぶ》(p. 14)
訂正 芝生《しばふ》
原文 贔負(p. 15)
訂正 贔屓
原文 『女《をんな》ならでは夜《よ》の明《あ》けぬ國《くに》』なかと(p. 31)
訂正 『女《をんな》ならでは夜《よ》の明《あ》けぬ國《くに》』などと
原文 千變萬化《せんぺんばんぐわ》(p. 39)
訂正 千變萬化《せんぺんばんくわ》
原文 商賣抦(p. 42)
訂正 商賣柄
原文 瀨戶際《せどぎは》(p. 47)
訂正 瀨戶際《せとぎは》
祕密
原文 土塀《とべい》(p. 4)
訂正 土塀《どべい》
原文 川幅《かはねば》(p. 7)
訂正 川幅《かはゝば》
原文 其《その》の外(p. 9)
訂正 其《そ》の外
原文 八丁堀《はちつやうぼり》(p. 9)
訂正 八丁堀《はつちやうぼり》
原文 賞美《じやうび》(p. 11)
訂正 賞美《しやうび》
原文 [りっしんべんに頼]惰(p. 11)
訂正 懶惰
原文 蹈晦(p. 12)
訂正 韜晦
原文 仏蘭西物《ふランスもの》(p. 14)
訂正 仏蘭西物《フランスもの》
原文 唐綫(pp. 16-17)
訂正 唐桟
原文 剝《は》げかたつた(p. 25)
訂正 剝《は》げかかつた
原文 軌《きし》みながら(p. 26)
訂正 軋《きし》みながら
原文 竦然《そつぜん》(p. 36)
訂正 竦然《しようぜん》
原文 びしよびよし(p. 40)
訂正 びしよびしよ
原文 直潟(p. 40)
訂正 直瀉
象
原文 手前共《てまへども》の娘《むすめ》の(p. 16)
訂正 手前共《てまへども》の娘《むすめ》が
原文 (後《うしろ》の方《はう》にて)、(p. 21)
訂正 (後《うしろ》の方《はう》にて、)
原文 忝《かたじけ》さ(p. 26)
訂正 忝《かたじけな》さ
原文 出《で》で來《きた》り(p. 31)
訂正 出《い》で來《きた》り
原文 (屋臺《やたい》に附《つ》き添《そ》ふ若《わか》い衆《しう》に對《むか》ひ)、(p. 39)
訂正 (屋臺《やたい》に附《つ》き添《そ》ふ若《わか》い衆《しう》に對《むか》ひ、)
原文 若衆の二(p. 40)
訂正 若い衆の二
原文 こざいますものか(p. 41)
訂正 ございますものか
原文 見合《みあ》せ(p. 47)
訂正 見合《みあは》せ
鄭大成のルビには「ていだいせい」と「ていたいせい」が混在しているが、そのままにした。
信西
原文 大導寺(p. 10)
訂正 大道寺
原文 咀《のろ》はれて(p. 19)
訂正 詛《のろ》はれて
原文 御辛抱《ごしんばう》なされれば(p. 20)
訂正 御辛抱《ごしんばう》なされば
原文 咀《のろ》ふ(p. 25)
訂正 詛《のろ》ふ
文字に関する補足
本テキスト中「節」の字であらわされている字は原文では「癤」のやまいだれの中の字。
本テキスト中「隙」の字であらわされている字は原文では右上の「小」が「少」。
(信西《しんぜい》)星《ほし》の見《み》えない處《ところ》へ身《み》を隱《かく》すのぢや。此《こ》の杉《すぎ》の木蔭《こかげ》に穴《あな》を掘《ほ》つて、土《つち》の中《なか》に身《み》を埋《うづ》め、竹《たけ》の節《ふし》で氣息《いき》を通《かよ》はせれば、生《い》きて居《ゐ》られるであらう。あの星《ほし》の光《ひかり》が消《き》えるまで、わしはさうして生《い》きながらへ、運命《うんめい》の力《ちから》に克《か》つて見《み》せるのぢや。………時《とき》のたたないうちに、早《はや》く其處《そこ》を堀《ほ》つてくれい。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
郞黨等《らうだうら》、杉《すぎ》の木蔭《こかげ》を穿《うが》ち、穴《あな》の中《なか》を板《いた》にてかこひ、後《うしろ》の竹藪《たけやぶ》から竹《たけ》の幹《みき》を切《き》つて來《く》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(師光《もろみつ》)仰《おほ》せの通《とほ》りにしつらへました。
(信西《しんぜい》)いろいろと大儀《たいぎ》であつたなう。お前逹《まへたち》の心《こゝろ》づくしは、死《し》ぬるまで過分《くわぶん》に思《おも》うて忘《わす》れぬであらう。それでは、わしは此《こ》の穴《あな》に身《み》を埋《うづ》めて、世《よ》の中《なか》の靜《しづ》まるのを待《ま》つとしよう。再《ふたゝ》び日《ひ》の目《め》が見《み》られたらば、お前逹《まへたち》にも厚《あつ》く禮《れい》をするつもりぢや。お前逹《まへたち》も人目《ひとめ》にかからぬうち、早《はや》く此處《こゝ》を立《た》ち退《の》いて、何處《いづこ》の山里《やまざと》へなりと身《み》を落《お》ち着《つ》けたがよい。もしまたわしの體《からだ》に萬一《まんいち》の事《こと》があつたなら、京都《みやこ》に殘《のこ》して置《お》いた妻子共《つまこども》の面倒《めんだう》を見《み》てやつてくれるやうに、くれぐれも賴《たの》んで置《お》くぞ。
(師淸《もろきよ》)仰《おほ》せまでもないことでござります。我《わ》が君《きみ》にもどのやうな事《こと》があらうとも、命《いのち》の綱《つな》をしつかと摑《つか》むで放《はな》さぬやうになされませい。
(師光《もろみつ》)君《きみ》にお願《ねが》ひがござります。忌《い》まはしいことながら、萬々一《まん/\いち》、これが長《なが》いお別《わか》れとならぬとも限《かぎ》りませぬ。何卒《なにとぞ》其《そ》の時《とき》は世《よ》の物笑《ものわらひ》とならぬやう、天晴《あつぱ》れの御最後《ごさいご》をお願《ねが》ひ申《まを》して置《お》きます。また其《そ》の時《とき》に私共《わたくしども》が亡《な》き後《あと》の君《きみ》の御囘向《ごゑかう》を葬《とぶら》ふことが出來《でき》ますやうに、唯今《たゞいま》此《こ》の場《ば》で髻《もとゞり》を切《き》りたう存《ぞん》じます。師淸《もろきよ》も、成景《なりかげ》も、淸實《きよざね》も、別《べつ》に異存《いぞん》はなからうな。
(師淸《もろきよ》、成景《なりかげ》、淸實《きよざね》)決《けつ》して異存《いぞん》はない。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
四人《よにん》、一度《いちど》に髻《もとゞり》を切《き》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(師光《もろみつ》)かうなつた上《うへ》は、われわれ四人《よにん》に、何卒《なにとぞ》法名《はふみやう》をお授《さづ》け下《くだ》さいまし。
(信西《しんぜい》)うむ、ようこそ申《まを》してくれた。――師光《もろみつ》………
(師光《もろみつ》)はい。
(信西《しんぜい》)信西《しんぜい》の一字《いちじ》を取《と》つて、お前《まへ》の法名《はふみやう》は西光《さいくわう》と稱《とな》へるがよい。
(師光《もろみつ》)忝《かたじけ》なう存《ぞん》じます。
(信西《しんぜい》)師淸《もろきよ》、お前《まへ》の法名《はふみやう》は西淸《さいせい》。
(師淸《もろきよ》)はい。
(信西《しんぜい》)成景《なりかげ》は西景《さいけい》、淸實《きよざね》は西實《さいじつ》と稱《とな》へるがよい。
(師淸《もろきよ》、成景《なりかげ》、淸實《きよざね》)忝《かたじけ》なう存《ぞん》じます。
(師光《もろみつ》)いつまで居《ゐ》てもお名殘《なごり》は盡《つ》きませぬ、それではこれで一同《いちどう》お暇《いとま》を願《ねが》ひます。
(信西《しんぜい》)うむ、(と云《い》ひつつ、つかつかと穴《あな》の端《はた》に進《すゝ》み、そこに彳《たゝず》みて無言《むごん》の儘《まゝ》暫《しばら》く空《そら》の星《ほし》を凝視《ぎようし》し、力《ちから》なげにうなだれる………)星《ほし》はまだ光《ひか》つて居《ゐ》る。………わしは此《こ》の穴《あな》の中《なか》で、息氣《いき》のつづく限《かぎ》り念佛《ねんぶつ》を稱《とな》へて居《ゐ》よう。………
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
信西《しんぜい》穴《あな》の中《なか》に入《い》る。郞黨等《らうだうら》、竹《たけ》の幹《みき》の一端《いつたん》を土中《どちゆう》に入《い》れ、一端《いつたん》を地上《ちじやう》に露出《ろしゆつ》せしめ、穴《あな》の上《うへ》を板《いた》にて蔽《おほ》ひ塞《ふさ》ぎ、更《さら》に其《そ》の上《うへ》へ土《つち》を盛《も》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(師光)それではお暇《いとま》を申《まを》します。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
郞黨《らうだう》四|人《にん》、穴《あな》の中《なか》に向《むか》ひて叩頭《こうとう》す。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(信西《しんぜい》の聲《こゑ》)(穴《あな》の中《なか》より、)師光《もろみつ》、師光《もろみつ》。
(師光《もろみつ》)はい。(這《は》ひ寄《よ》りて、竹《たけ》の端《はし》に耳《みゝ》をつける。)
(信西《しんぜい》の聲《こゑ》)星《ほし》はまだ光《ひか》つて居《を》るか。
(師光《もろみつ》)はい、未《いまだ》に光《ひかり》は衰《おとろ》へませぬ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
四人《よにん》、立《た》ち上《あが》りて下手《しもて》へ歩《あゆ》み行《ゆ》く。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(淸實《きよざね》)いまだに討手《うつて》は來《こ》ないやうだ。己《おれ》はどうも君《きみ》の仰《おつ》しやつた事《こと》が、ほんたうとは思《おも》はれない。
(成景《なりかげ》)己《おれ》も半信半疑《はんしんはんぎ》で居《ゐ》る。
(師淸《もろきよ》)もしも仰《おつ》しやつた事《こと》が中《あた》らないとすれば、こんな騷《さわ》ぎをしたのは馬鹿々々《ばか/\》しい。師光《もろみつ》、お前《まへ》は何《なん》でまた髻《もとゞり》を切《き》るの、長《なが》のお別《わか》れだのと、不吉《ふきつ》なことを云《い》ひ出《だ》したのだ。
(師光《もろみつ》)己《おれ》の觀《み》た處《ところ》では、君《きみ》のお命《いのち》はもうないものにきまつて居《ゐ》るのだ。たとへ世《よ》の中《なか》が亂《みだ》れようが亂《みだ》れまいが、人間《にんげん》があんなことを考《かんが》へたり、喋《しやべ》つたりすると云《い》ふのは、もう直《ぢ》き死《し》ぬる前兆《ぜんてう》にきまつて居《ゐ》るものだ。
(成景《なりかげ》)いやな事《こと》を云《い》ふではないか。
(師光《もろみつ》)いやな事《こと》でも、其《そ》れは本當《ほんたう》の事《こと》だ。
(淸實《きよざね》)さうして見《み》ると、事《こと》に依《よ》つたら、本當《ほんたう》に世《よ》の中《なか》が亂《みだ》れ出《だ》したのかも知《し》れない。今《いま》まで君《きみ》の仰《おつ》しやつたことで、中《あた》らないかつたことはなかつたからなう。
(師淸《もろきよ》)さうだとすると、こんな處《ところ》にぐづぐづしては居《ゐ》られない。早《はや》く何處《どこ》かへ落《お》ちのびよう。
(成景《なりかげ》)しかし己《おれ》はどうしてもまだ半信半疑《はんしんはんぎ》だ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
四人《よにん》下手《しもて》へ退場《たいぢやう》。山中《さんちゆう》に隻影《せきえい》なく、月光《げつくわう》霜《しも》の如《ごと》くに地上《ちじやう》を照《て》らして寂寞《せきばく》として居《ゐ》る。唯《たゞ》信西《しんぜい》の穴《あな》の中《なか》にて唱《とな》ふる不斷《ふだん》の念佛《ねんぶつ》の聲《こゑ》、南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》、南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》と微《かすか》に聞《きこ》ゆ。
暫《しばら》くして、上手《かみて》、下手《しもて》、後《うしろ》の竹藪《たけやぶ》などの處々《ところ/″\》より、甲冑《かつちう》に身《み》を固《かた》めたる兵士《へいし》五六|人《にん》、手《て》に手《て》に炬松《たいまつ》を持《も》ちて、一人《ひとり》又《また》は二人《ふたり》づつ現《あらは》れる。出雲前司光泰《いづものぜんじみつやす》が、郞黨《らうだう》を率《ひき》ゐて出《で》て來《き》たのである。兵士等《へいしら》、盜賊《たうぞく》の如《ごと》く足音《あしおと》をしのばせ、互《たがひ》に耳《みゝ》うちをして、ひそひそと囁《さゝや》き合《あ》ふ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(光泰《みつやす》)人聲《ひとごゑ》の聞《きこ》えたのは、たしかに此《こ》の邊《へん》であつたらしいが。………
(郞黨《らうだう》の一)はい、此《こ》の邊《へん》でござりました。まだ聞《きこ》えて居《を》るやうでござります。
(郞黨《らうだう》の二)あの聲《こゑ》は、何《なに》を喋《しやべ》つて居《ゐ》るのだらう。
(郞黨《らうだう》の三)あれは念佛《ねんぶつ》を唱《とな》へて居《ゐ》るらしい。
(光泰《みつやす》)あの藪《やぶ》の中《なか》ではないか。
(郞黨《らうだう》の四)藪《やぶ》の中《なか》はすつかり搜《さが》して見《み》ましたが、何《なに》も居《を》りませぬ。
(郞黨《らうだう》の五)可笑《をか》しいな。
(郞黨《らうだう》の六)可笑《をか》しいな。
(郞黨《らうだう》の一)まるで地《ち》の底《そこ》から聞《きこ》えるやうだな。
(郞黨《らうだう》の二)さうだ、これは不思議《ふしぎ》だ。己逹《おれたち》の足《あし》の下《した》で聲《こゑ》がするのだ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
兵士等《へいしら》頻《しきり》に耳《みゝ》をかしげ、地面《ぢめん》を眺《なが》めつつ杉《すぎ》の木蔭《こかげ》に集《あつま》る。念佛《ねんぶつ》の音《おと》ハツタリ止《や》む。光泰《みつやす》、竹《たけ》の先《さき》を指《ゆびさ》し示《しめ》し、目《め》くばせにて掘《ほ》れと命《めい》ず。兵士等《へいしら》心得《こゝろえ》て忽《たちま》ち穴《あな》を發《あば》く。信西《しんぜい》、自《みづか》ら懷劍《くわいけん》を脇腹《わきばら》につき立《た》てたれど未《いま》だ死《し》に切《き》れず、滿身《まんしん》鮮血《せんけつ》に染《そ》み、肩息《かたいき》になりて摑《つか》み出《いだ》さる。兵士等《へいしら》炬松《たいまつ》を信西《しんぜい》の面上《めんじやう》に打《う》ち振《ふ》る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
(光泰《みつやす》)己《おれ》は信西《しんぜい》法師《ほふし》の顏《かほ》を知《し》らぬが、誰《だれ》か知《し》つた者《もの》はないか。
(郞黨《らうだう》の一)誰《だれ》も存《ぞん》じませぬ。
(光泰《みつやす》)しかし、此《こ》の坊主《ばうず》が信西《しんぜい》に相違《さうゐ》あるまい。
(郞黨《らうだう》の二)まだ氣息《いき》があるやうでございます。訊《たづ》ねたら返辭《へんじ》をするかも知《し》れませぬ。
(光泰《みつやす》)(信西《しんぜい》の顏《かほ》を凝視《ぎようし》して、)こら、お前《まへ》は信西《しんぜい》法師《ほふし》であらうな。右衞門督殿《うゑもんのかみどの》の命《めい》をうけて、出雲前司光泰《いづものぜんじみつやす》がお前《まへ》を召《め》し捕《と》りに來《き》たのだぞ。お前《まへ》は世間《せけん》の評判《ひやうばん》にも似合《にあ》はぬたわけた憶病者《おくびやうもの》だな、命《いのち》が惜《を》しさに、穴《あな》の中《なか》に埋《うづ》まつて居《ゐ》るとは、何《なん》と云《い》ふ卑怯《ひけふ》な奴《やつ》だ。
(信西《しんぜい》)(光泰《みつやす》の言葉《ことば》を解《かい》せざるものの如《ごと》く、眼瞼《まぶた》をはためかせて囈語《げいご》のやうに、)星《ほし》はまだ光《ひか》つて居《を》るか。………
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから3字下げ]
光泰《みつやす》心付《こゝろづ》きてふと天《そら》を見《み》る。夜《よる》ほのぼのとあけかかりて、白《しら》み初《そ》めたる空《そら》に明星《みやうじやう》明滅《めいめつ》す。遠《とほ》き山里《やまざと》に鷄鳴《けいめい》を聞《き》き、冬《ふゆ》の佛曉《ふつげう》の覺束《おぼつか》なき薄明《うすあかり》のうちに幕《まく》を垂《た》れる。
[#ここで字下げ終わり]
┃刺《し》 靑《せい》 ………………………一―一六
刺┃麒《き》 麟《りん》 ………………………一―四二
靑┃少《せう》 年《ねん》………………………一―一○二
目┃幇《ほう》 間《かん》………………………一―五二
次┃祕《ひ》 密《みつ》 ………………………一―六○
┃象《ざう》 ………………………一―四八
信《しん》 西《ぜい》………………………一―四○
明治四十四年十二月五日印刷
明治四十四年十二月十日發行
定價金壹圓
著作者 谷崎潤一郞
東京市京橋區築地二丁目十五番地
發行者 籾山仁三郞
東京市麹町區飯田町五丁目十三番地
印刷者 小松周助
東京市芝區愛宕町三丁目二番地
印刷所 東洋印刷株式會社
發行所
東京市京橋區築地二丁目十五番地
京都市上京區麩屋町丸太町通下ル
籾山書店
振替貯金 東京二四一七番
大阪一三八六番
Transcriber's Notes(Page numbers are those of the original text)
刺靑
原文 軌《きし》み(p. 3)
訂正 軋《きし》み
原文 なよやなか體(p. 14)
訂正 なよやかな體
原文 血死期(p. 7)
訂正 知死期
麒麟
原文 小鳥《こどり》(p. 13)
訂正 小鳥《ことり》
原文 あの男《をとこ》の項《うなじ》に(p. 14)
訂正 あの男《をとこ》の項《うなじ》は
原文 驚《おどろ》きの眼《め》の(p. 14)
訂正 驚《おどろ》きの眼《め》を
原文 立派は相貌(p. 15)
訂正 立派な相貌
原文 先生《せんせん》(p. 18)
訂正 先生《せんせい》
原文 久《さ》しく(p. 24)
訂正 久《ひさ》しく
原文 相閱《あひせめ》いで居《ゐ》た(p. 27)
訂正 相鬩《あひせめ》いで居《ゐ》た
原文 逆《さから》ふことが出來《ていき》なかつた。(p. 28)
訂正 逆《さから》ふことが出來《でき》なかつた。
原文 步搖《ぶえう》(p. 28)
訂正 步搖《ほえう》
原文 笄《かうがひ》(p. 29)
訂正 笄《かうがい》
原文 知《し》つて思《ゐ》るが(p. 31)
訂正 知《し》つて居《ゐ》るが
原文 凝《こ》つたものでつた(p. 33)
訂正 凝《こ》つたものであつた
原文 頭《かしら》を以《も》て(p. 34)
訂正 頭《かしら》を以《もつ》て
原文 體《からだ》を括《くゝ》りを(p. 35)
訂正 體《からだ》の括《くゝ》りを
原文 かく云《い》ひ終《おは》るや。(p. 36)
訂正 かく云《い》ひ終《おは》るや、
原文 潛《ひそ》むて居《ゐ》た(p. 39)
訂正 潛《ひそ》むで居《ゐ》た
原文 お前《まへ》を惜《にく》むで(p. 41)
訂正 お前《まへ》を憎《にく》むで
少年
原文 水《みつ》(p. 11)
訂正 水《みづ》
原文 如める(p. 30)
訂正 始める
原文 栲問(p. 31)
訂正 拷問
原文 血死期(p. 37)
訂正 知死期
原文 腎端折《しりぱしよ》り(p. 51)
訂正 臀端折《しりぱしよ》り
原文 堪《たま》らねやうに(p. 53)
訂正 堪《たま》らぬやうに
原文 喞《ふく》んでは(p. 56)
訂正 啣《ふく》んでは
原文 夢中《むちやう》になつて(p. 73)
訂正 夢中《むちゆう》になつて
原文 上氣《ぼ》せた(p. 77)
訂正 上氣《のぼ》せた
原文 䡄《きし》んで(p. 80)
訂正 軋《きし》んで
原文 鏗然《けんぜん》(p. 85)
訂正 鏗然《かうぜん》
原文 優長(p. 87)
訂正 悠長
原文 朧朦と(p. 93)
訂正 朦朧と
原文 額の眞中へを(p. 97)
訂正 額の眞中へ
原文 溫飩粉(p. 99)
訂正 饂飩粉
幇間
原文 船頭《せんどう》を頭(p. 7)
訂正 船頭《せんどう》の頭
原文 旦那《だんな》も藝者《げいしや》を(p. 12)
訂正 旦那《だんな》も藝者《げいしや》も
原文 駈《か》け廻《まは》るのですか(p. 12)
訂正 駈《か》け廻《まは》るのですが
原文 芝生《しばぶ》(p. 14)
訂正 芝生《しばふ》
原文 贔負(p. 15)
訂正 贔屓
原文 『女《をんな》ならでは夜《よ》の明《あ》けぬ國《くに》』なかと(p. 31)
訂正 『女《をんな》ならでは夜《よ》の明《あ》けぬ國《くに》』などと
原文 千變萬化《せんぺんばんぐわ》(p. 39)
訂正 千變萬化《せんぺんばんくわ》
原文 商賣抦(p. 42)
訂正 商賣柄
原文 瀨戶際《せどぎは》(p. 47)
訂正 瀨戶際《せとぎは》
祕密
原文 土塀《とべい》(p. 4)
訂正 土塀《どべい》
原文 川幅《かはねば》(p. 7)
訂正 川幅《かはゝば》
原文 其《その》の外(p. 9)
訂正 其《そ》の外
原文 八丁堀《はちつやうぼり》(p. 9)
訂正 八丁堀《はつちやうぼり》
原文 賞美《じやうび》(p. 11)
訂正 賞美《しやうび》
原文 [りっしんべんに頼]惰(p. 11)
訂正 懶惰
原文 蹈晦(p. 12)
訂正 韜晦
原文 仏蘭西物《ふランスもの》(p. 14)
訂正 仏蘭西物《フランスもの》
原文 唐綫(pp. 16-17)
訂正 唐桟
原文 剝《は》げかたつた(p. 25)
訂正 剝《は》げかかつた
原文 軌《きし》みながら(p. 26)
訂正 軋《きし》みながら
原文 竦然《そつぜん》(p. 36)
訂正 竦然《しようぜん》
原文 びしよびよし(p. 40)
訂正 びしよびしよ
原文 直潟(p. 40)
訂正 直瀉
象
原文 手前共《てまへども》の娘《むすめ》の(p. 16)
訂正 手前共《てまへども》の娘《むすめ》が
原文 (後《うしろ》の方《はう》にて)、(p. 21)
訂正 (後《うしろ》の方《はう》にて、)
原文 忝《かたじけ》さ(p. 26)
訂正 忝《かたじけな》さ
原文 出《で》で來《きた》り(p. 31)
訂正 出《い》で來《きた》り
原文 (屋臺《やたい》に附《つ》き添《そ》ふ若《わか》い衆《しう》に對《むか》ひ)、(p. 39)
訂正 (屋臺《やたい》に附《つ》き添《そ》ふ若《わか》い衆《しう》に對《むか》ひ、)
原文 若衆の二(p. 40)
訂正 若い衆の二
原文 こざいますものか(p. 41)
訂正 ございますものか
原文 見合《みあ》せ(p. 47)
訂正 見合《みあは》せ
鄭大成のルビには「ていだいせい」と「ていたいせい」が混在しているが、そのままにした。
信西
原文 大導寺(p. 10)
訂正 大道寺
原文 咀《のろ》はれて(p. 19)
訂正 詛《のろ》はれて
原文 御辛抱《ごしんばう》なされれば(p. 20)
訂正 御辛抱《ごしんばう》なされば
原文 咀《のろ》ふ(p. 25)
訂正 詛《のろ》ふ
文字に関する補足
本テキスト中「節」の字であらわされている字は原文では「癤」のやまいだれの中の字。
本テキスト中「隙」の字であらわされている字は原文では右上の「小」が「少」。